第09話 後悔と決意

 起床時間を知らせる魔道具の音が聞こえる。

 寝起きで頭が回らないまま音のする方へと手を伸ばす。

 しかし私がその魔道具に触れる前に音は止まった。


 目を開ければ目の前にはルコラスの顔があった。

 彼の左手は目覚ましの魔道具に触れていて彼が音を止めたようだ。


「ん……」


 ルコラスが小さく呻く。

 彼は服を着ていなかった。いや、彼だけではなく私もだ。


 重い体は昨夜の出来事が夢でないことを私に突き付けている。


 昨夜、私はルコラスと体を重ねてしまった。


 ベッドまで運ばれさすがにまずいと【レハロフの腕輪】を起動させて止めるよう指示を出そうとも考えた。

 しかし熱のこもった目で見つめられ、懇願されると断れなかった。


 そして私は流されるまま――。


 こんなことになるなんて思わなかった。

 私はただ、彼と親しく共に過ごしたかっただけなのに。


 自分の愚かさにため息をついて床に散らばる服を拾うためベッドから下りようとした。

 しかし腕を掴まれベッドの中へ引き戻された。背中に何かが当たったと思ったらそのまま後ろから抱きしめられた。


「ため息なんてついてどうしたんですか? ……後悔しましたか?」


 耳元で彼の声が聞こえた。

 その声は心配そうで、悲しそうでもあった。


「違う。自分が情けないと思って」


 ルコラスは何も悪くない。全て私の責任だ。


「俺は俺だけが知るリネットさんを知ることができて凄く嬉しかったです」


 彼は私を抱きしめながら喜色を滲ませ言う。

 それは私もだ。私を求める彼の必死な顔が嬉しかった。


 その後、ルコラスの作ってくれた朝食を食べてから私は彼の家を出た。

 私の自宅よりもルコラスの家の方が職場に近かったのでそう急ぐことも無かったかもしれないが1人で考える時間が欲しかった。


 普段より早めに魔道具鑑定協会に到着すると私室へと向かった。


 所詮はまやかしの関係。虚しさに押しつぶされそうだ。

 けれどもルコラスの洗脳を解く決心が揺らいでしまった。


 彼がかけてくれる言葉、抱きしめてくれる腕、触れた唇の柔らかさ。

 愛し愛されているという実感が幸せ過ぎて、たとえまやかしでも彼のことを手放すことができない。


 結局、その後も私は彼の洗脳を解くことができなかった。

 だからこそルコラスから仕事終わりにデートをしようと誘われるのだが、私は理由を付けてその誘いを断り続けた。

 罪悪感は当然ある。だが今以上に彼との仲が深まってしまうことで『彼の洗脳を解かなければならない』という考えが『このままでいいじゃないか』に変わってしまうことが恐ろしかった。


 部屋の扉がノックされる。返事をして扉が開くと書類を持ったルコラスが部屋へと入って来た。


「鑑定依頼書です」


 差し出された資料を受け取りお礼を言う。


「今日は時間ありますか?」

「すまないが今日も無理そうだ」


 私は彼の方を見ずに答えた。


「最近忙しそうですね。体を壊さないよう休憩もしてくださいよ?」

「適度に休むようにはしているから心配しないでくれ」


 残念そうなルコラスの声。

 私は資料を見ながら返答する。


 沈黙が訪れた。


「……俺のこと、避けていませんか?」


 ポツリとそんな言葉が聞こえた。

 私はルコラスのことを見た。彼は悲しそうな顔をして私を見ていた。

 彼の顔を見ていられずすぐに資料に視線を戻す。


「そんなつもりはない。最近忙しいんだ」

「そうですか。邪魔にならないよう失礼しますね」


 彼は普段通りの声の調子で言ってから部屋を出て行った。


 悲しそうな彼の姿に申し訳なくなる。

 このままではいけない。いけないことは分かっているのにどうすればいいのかも分からない。


 私はため息をついた。

 そして逃げるように鑑定作業に集中した。


 鑑定作業に切りがついて時計を見るとちょうど昼頃だった。

 集中も切れてしまったので昼食をとろうと財布を持って私室を出た。


「ルコラスさんの好きなタイプはどんな人ですか? リネットさんはどうです?」


 1階へ下りて食堂の近くを通りがかった時、そんな声が聞こえてきた。

 私の足が止まる。


「リネットさんなぁ、凄い人だとは思いますけど恋愛対象でという意味ではタイプではないです」


 聞こえてきたルコラスの言葉に私は私室へと引き返した。

 食欲なんて吹き飛んだ。


 私室に入り扉にもたれる。気が付いたら乾いた笑い声を上げていた。


 分かっていたことじゃないか。本来の彼が私を好きになるはずなどないと。


 午後の鑑定作業は遅々として進まなかった。


 そのまま業務終了時間になってしまった。作業自体は前倒しだったため遅れは出ていない。

 だがこのままだと私は使い物にならなそうだ。


 私はようやく決心をした。


 1階へ下りる。ルコラスと他にも数人の職員がまだ残っていた。


「ルコラス、少し話がある。作業の目途が付いたら私の私室まで来てくれ」

「え、はい。分かりました」


 私が個人的に職員を呼ぶことはあまりない。そのためルコラスも他の職員も少し驚いているようだった。


 私室で待っていると少ししてからルコラスがやって来た。


 私と2人きりになって腕輪の効果が発動しているようで、嬉しそうに笑顔を浮かべて私に近づいてきた。


「呼んでくれて嬉しいです」


 私は1度深呼吸をした。


「近いうちにデートをしよう」

「もちろんです。リネットさんからのお誘いとても嬉しいです」


 彼はとても嬉しそうに笑顔を浮かべて即答した。


 そのデートを最後に、私は今度こそルコラスを解放することに決めた。

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