第06話 リネット宅

 手を繋いだまま連れられ階段を上がった。

 普段あまり運動しないこともあり少ししんどかった。


 到着したところは町を一望できる高台だった。

 夕日に照らされた町並みは陰影がはっきりとしていてどこか寂しさを感じさせながらも幻想的な景色が広がっていた。


「俺、ここからの景色が好きなんですよね。視界が開けて空や町が良く見えるから。だからリネットさんにも見てもらいたかったんです」


 彼は景色を眺めながら言った。


「……素敵だね。こんなところがあるなんて私は知らなかったよ。ありがとう」


 ルコラスの隣で景色を眺めた後、彼を見てお礼を言う。


 直後、気が付いたら私は彼に抱きしめられていた。


「――愛してます、リネットさん」


 ルコラスの甘い囁きが耳元で聞こえた。恥ずかしさを感じながらも嬉しくなった私は恐る恐る彼のことを抱きしめ返した。

 ドキドキと伝わってくる彼の心臓の鼓動。その鼓動は少し速い。


 少しして体を離されたので彼の顔を見上げた。彼は真剣な表情で私を見ていた。彼は目を閉じてゆっくりと顔を近づけてくる。


 私は目を閉じた。


 唇に柔らかいものが触れた感覚があった。




 私たちは大通りまで戻ってきた。

 すっかり日も暮れてしまっている。


「何か食べたいものはありますか?」

「……良ければうちで夕食を食べていかない?」


 ルコラスに尋ねられた私は勇気を振り絞って彼に尋ねた。

 読んだ恋愛小説ではヒロインがヒーローに対して料理を作り絶賛されていた。胃袋を掴むという言葉もある。私も料理をするしそこまで下手ではないはずだ。


 私の申し出にルコラスは少し驚いた様子だったがすぐに嬉しそうに微笑んだ。


「リネットさんさえ良ければぜひ食べたいです」


 私は自宅へ向かって歩き始めた。


「ここがリネットさんの家なんですね」


 家に到着すると鍵を開けてルコラスを招き入れた。


 彼をリビングへ通して椅子に座って待っていてもらっている間に料理を作り始める。

 いくつか料理を作り最後の品を作り終わると料理を食卓の上へと運んで私も椅子に座った。


「どれも凄く美味しそうです」


 私たちは食前の挨拶を行ってから食べ始めた。

 私は彼の反応が気になってしまいじっと見ていた。


「うん、優しい味付けでとても美味しいです!」


 ルコラスが笑顔で料理の感想を言ってくれて私は安心した。


「良かった。誰かに料理を振る舞ったことはないから自信がなかったの」


 自分では美味しく作れているつもりではあるが自分の味覚がおかしいということもあるため不安だった。彼の反応から嘘を言っているようにも感じない。


「リネットさん、今日はいつもと口調が違いますけどどうしてですか?」


 彼は不思議そうに言った。


「……少しでも良く思ってもらいたいからだが合わなかっただろうか」


 私は普段の口調に戻してから素直に答えた。

 服装に合わせたという答えも考えたが誤魔化すのも違うと思ったからだ。


「いえ、そんなことありません。俺のために頑張ってくれてとても嬉しいです。普段の口調もカッコイイと思っているので無理はしなくてもいいですよ」


 ルコラスは嬉しそうだった。

 似合わないから口調を戻すように遠回しに言っていないとも限らないが、少なくとも私はそう感じない。


「でもそうですね、普段とは違う口調で話すリネットさんを独占したいので他では話さないで欲しいです」


 彼は少し考えてから笑顔で言った。

 私はそんなことを言われるとは思っていなくて少し驚いたが了承した。


 肝心の口調についてはデートの時や家にいる時は慣れない口調で頑張り、職場では2人の時でも普段通りにすることにした。


 その後は今日のデートについての感想などを話しながら賑やかな食事を終えた。


「お酒も用意しているんだけど一緒に飲まない?」


 お酒を飲みかわすことでより親密になるということも聞いた。私自身はお酒に興味なかったが彼が酔ったらどうなるのかについては興味があった。


「リネットさんも飲むんですか?」

「そのつもり」

「嬉しいです。一緒に飲みましょう」


 私は先日買った酒類をいくつか準備した。


「いくつかあるから好きなのを選んで」


 ルコラスはワインを選んだので私もそれを飲もうと用意した2つのワイングラスに注いだ。


「乾杯」


 彼の言葉に合わせて軽くワイングラスをぶつけてからワインを飲む。


 ルコラスと話しながら何杯か飲むとふわふわしたような楽しいような気分になってきた。

 私と彼は正面になるように座っていたが、せっかくなら隣に座って飲みたいと思った。


「隣に座って飲みたい」


 私はそう言って立ち上がった。

 しかし酒のせいか平衡感覚がおかしくなっていた。

 立ち上がったものの私はふらつき足が食卓の足にぶつかってよろけてしまう。


「っと、大丈夫ですか?」


 バランスを崩して転倒しそうになったところをルコラスに支えられていた。

 ルコラスの顔がすぐ目の前にある。


「ルコラス、愛してる」


 彼のことが愛おしくなって気が付いたら彼に口付けをして抱き着いていた。


 彼は私を横抱きにして持ち上げた。


 私は回らない頭でこれが小説にも書かれていたお姫様抱っこかなんてことをぼんやり思っていた。


「……リネットさん、寝室はどこにあるんですか?」

「寝室は左の扉の先だ」


 私は腕をルコラスの首に回して体を支えながら寝室の場所を伝えた。

 ルコラスに扉を開けていいかなんて尋ねられ頷く。


 彼は私を寝室に運ぶとベッドの上にゆっくりと下してくれた。


「今日はもう飲むのを止めて眠った方がいいですよ。眠いでしょう?」


 私をベッドに寝かせるとルコラスは微笑み私の頭を撫でた。

 確かに徹夜2日目のような強い眠気を感じていた。


「嫌だ。眠ったら帰るんだろう? もっと一緒にいて欲しいんだ」


 それでも私は眠りたくなかった。眠ったらルコラスは帰ってしまう。楽しかった1日が終わってしまう。

 だから私はルコラスの腕を掴んで引き留めようとした。


「ちょ、分かった。分かりましたから!」


 ルコラスは驚いた顔をして私を抱きしめてくれた。

 私はルコラスに抱きしめられているという安心感と温かさが心地良くて目を閉じた。

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