第03話 腕輪の効果
翌日、午前中は特に変わったこともなくいつも通りだった。
午後になり鑑定結果をまとめているとノックの音がし、直後にルコラスの声が聞こえた。
「ルコラスです」
「どうぞ」
「失礼します」
作業の手を止め返事をすると扉が開いてルコラスが入ってくる。
彼はこれまで見たことがないような笑顔を浮かべて私に近づいてきた。
「これ、次に鑑定予定の魔道具に関しての資料です」
「ありがとう」
書類を受け取りさっと目を通す。いつものように良くまとめられていてとても分かりやすい。
普段の彼ならさっさと部屋から出て行ってしまうのだが、今は私と部屋に2人きりのためか洗脳状態になっているようで嬉しそうに私のことを見ていた。
そんな笑顔を向けられたことがないため戸惑いを感じた。
どう行動するべきか分からずせっかく彼と会話をする機会があるのに何も言えない。
「今少しいいですか?」
「大丈夫だ」
何だろうと思いながら返事をする。
「次の休日、一緒に出掛けませんか? 俺、リネットさんとデートがしたいです」
彼は私の右手を両手で包み込むと熱のこもった目で私を見つめてそう言った。
彼に触れられたことにも驚いたがその熱烈な視線にも困惑した。
「分かった」
私はルコラスの変化に動揺しながら誘いを受けることにした。
「ほんとですか? 嬉しいです」
彼は満面の笑みを浮かべた。
私も彼と共に過ごす機会を得られたことに嬉しくなった。
「……好きです。いきなりこんなことを言われても困らせてしまうかもしれませんが、俺、リネットさんのことが好きなんです」
彼は私のことをじっと見ていたと思うと顔を赤くし、私の手を包み込んだまま真剣な表情で告白をしてくれた。
ルコラスの真剣な表情はかっこよくて、少し赤くなっているのは可愛らしくもあった。
「ありがとう。私もルコラスのことが好きなんだ」
告白を受けて私は顔が熱くなるのを感じた。自分の右手を包むルコラスの手に触れて返事をした。
「俺たち両想いだったんですね。幸せです」
彼は微笑み私のことを抱きしめた。
体に触れられることに慣れておらず、体が硬直したもののルコラスの背中に腕を回した。
彼との触れ合いは幸せだった。ただ抱き合っているだけで嬉しくなって顔がにやけてしまう。
「……ルコラス」
「何ですか?」
名前を呼ぶと私を抱きしめながら尋ねられた。彼の甘い声が耳元で聞こえ、肌があわ立つようなゾクゾクとした感覚に襲われる。
「愛してくれ」
気が付いたら欲望をそのまま口に出していた。
「まだ業務時間中なのにそんなに可愛いことを言って煽らんでください」
ルコラスは困ったように小さく笑って私を抱きしめる力を少し強くした。
そのまま少し抱きしめられていたが、やがて彼は抱きしめる力を弱めた。体が少し離れたので彼を見上げる。
「愛してます」
気が付いたら彼に口付けをされていた。唇が触れ合うだけの口付け。
突然のことに私の思考は一瞬止まり、何をされたかを理解してから顔から火が出るくらいに恥ずかしくなった。
「真っ赤ですね。凄く可愛いです」
そう言ってルコラスは私の額に口付けを落とした。
「……可愛い、だろうか?」
可愛いなど言われた経験は母以外から言われた覚えがない。
化粧はせず髪や肌の手入れもできていない。見苦しいとまではいかないように清潔感のある恰好は心がけているが、それくらいしかしていない。
自分でも可愛いとは思っていない。だから可愛いと言われたことが不思議だった。
「はい。凄く可愛いですよ」
彼は私の頭を撫でた。
誰かに頭を撫でられることなんて記憶になかった。優しく頭を撫でられることがとても心地良い。
目を閉じて彼の手の感触に集中していれば再び抱きしめられた。
「……もっとこうしていたいのですが、アンディーさんに持って行かないといけない書類があるんです」
そのまま少しの間抱きしめられていたが、非常に残念そうなルコラスの言葉と共に私は離された。
「今はもう十分だ。仕事に集中してくれ」
本当はもっと彼に触れられたいし触れていたい。
しかし仕事を疎かにするのは良くない。彼の評価にも繋がる。
残念に思いながら私はルコラスを見送った。
ルコラスは好きな人に対してあれほどまで積極的になるのか。
そのまま午後も作業を続けて作業の1つが終わり時計を見れば定時を少し過ぎたところだった。
帰ろうと片づけをしてから鞄を持って部屋を出る。
1階へと続く階段を下りていると話し声が聞こえてきた。
「ルコラスさんは耳が早いですね。どうしてそんなに情報がすぐに入ってくるんですか?」
「噂好きな奴だったり本好きだったり食べることが好きなダチがいるからだと思います。そいつらと一緒にいるだけでどんどん情報が入ってくるんですよ」
ルコラスの名前が聞こえてきたため思わず足を止める。姿は見えないものの聞こえてきた声はルコラスと女性のものだった。
「素敵ですね。どこかおしゃれなカフェとか美味しい料理のお店、おすすめの本とかあったら教えてください」
「新しく出来たカフェは結構当たりだったって言ってましたよ。場所はここからだと少し遠いですけど。本は恋愛ものにはまってるんでしたよね? それなら『優等生の秘密』、『完璧執事の謀』、『魔術師様は優雅に微笑む』なんてどうですか?」
「どれも興味を引かれるタイトルですね。今度探してみます」
2人はとても楽しそうに会話をしているようだった。
ずっと聞いているわけにもいかないと私は階段を下りていった。
「あ、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「お疲れ様」
それまで会話をしていた2人が私の姿を見つけて挨拶をする。
私も2人に目を向けて挨拶を返した。
会話をしていたのはルコラスとキャロだった。
キャロはルコラスの次に話すことのある事務員で明るい金色の長い髪に青い目をした20代前半の女性だ。小柄で出るところはそれなりに出ていて手入れのされた髪はツヤツヤとしている。化粧も派手なものではなく自然なもので爪の手入れもされていてピンク色の塗料が塗られていた。
2人は後片付けをしていたようで箒を持っておりゴミが1か所に集められている。
私はそのまま魔道具鑑定協会を出て行った。
特に何事もなく自宅へと到着した。
今日は様々なことが起こった。
唇に触れる。
彼は確かに私に口付けをした。
嬉しかった。
けれど、申し訳なさも覚えた。
彼の感情は偽物なのに。
デートを終えたらもう止めにしよう。
しかしデートか。
経験がないためどのようなことを準備すればいいのか分からない。
明日の帰りに本を買おう。ルコラスがキャロに薦めていた本は確か恋愛ものだったはずだ。
その本を読めばデートの参考になるかもしれない。
入浴を終えベッドへと入った私はそんなことを考えていた。明日の予定を考えている間にいつの間にか眠りに落ちていた。
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