第10話
…目が、覚めた。
……目が覚めた。
頭が、はっきりとしている。
目が覚めた、と…すぐに自覚できた。
言葉が、久しく簡単に頭に浮かぶ…そういえば、昨日は薬を打たなかったんだ。だから副作用が薄くなった。
頭がはっきりとする。
…その代わり、ものすごく喉が渇いている。
『───……───……』
ひどいノイズの音。
ラジオの電波が悪い…ダイヤルを回して調整すると、ようやくいつもの番組の声が聞こえた。
『八時五分、ニュースの時間です』
…朝。
僕は、ラジオを持ってリビングに向かう。
▽
『××川の氾濫が起こった××村ですが、一夜明けて、被害状況が明らかになりました』
カーテンを開けると…すごい景色が広がっていた。
庭に溜まる雨水。近所の屋根。遠くの森林…何もかもが真っ青だった。コンクリートも、植物も、土も、青い雨を吸い込んで、真っ青になってしまった。
けど、もう雨は止んでいる。
空もまた、真っ青だ。
『避難の際に、流されてきたものに当たり軽傷を負った方三名。死者二名。行方不明者六名…また、今後、雨奴の徘徊が増えると予想されます。遭遇した際は、くれぐれも自分で対処しようとはせず、すぐに距離を取り、近くの警察官や、処理班に…』
油を引いたフライパンに卵を落として、蓋を閉めて様子を見る…弱火で数分。
ゆっくり待って、卵の様子を見て…。
そろそろかな、と…フライ返しで掬い取る。
お皿に乗せて。
…レンジが鳴る。
ドアを開けると、温めたミルクの甘い香りがふわりと広がる…はちみつを混ぜれば、もっと甘くなる。優しい香り。
お皿とカップを持って、テーブルに持って行く。
瑞々しいサラダと、バターを塗ったトーストの横に並べて、朝ごはんは完成だ。
僕は席に着く。
「ねえ、すごいでしょ。今日は目玉焼き、うまくいったんだよ」
ほら見てよ。こんなに綺麗な黄色。ぷるぷるとした白身。
きっと割ったら、とろとろと黄身が溢れ出すはず。柔らかい半熟だ。
「うまくいったんだよ。はじめてだ」
嬉しくてたまらない。
「トーストも良い感じの焦げ目でしょ」
きっとカリカリで、でもふわっとして、バターが染み込んで、美味しいんだ。
「野菜は嫌いだなんて言わないでよ」
サラダは水をいっぱい含んで新鮮。渇いた身体にはとってもおいしい栄養なんだ。
「身体を冷やしたらだめだから、温かいミルクがいちばん良いよね」
暑い日が続くからって、冷たいものばかり飲んじゃだめだよ。
「ああ、ごめんね。お腹すいてるよね」
外は晴れてる。
青い景色が広がる。
まるで、青空が降り注いだかのように。
まるで、青空の中に居るかのように。
まるで、夢の中のように。
胸が軽くて。頭が冴えて。呼吸ができて。
「さ、食べようか」
『では、ここで一曲…』
「おはよう。芽ちゃん。菜花ちゃん」
流れたのは、若手女優と有名シンガーソングライターのデュエット。優しい朝の歌。
穏やかな、ひとりの食卓。
僕は、大好きなふたりの写真を前にして。
ホットミルクを飲んで。
目玉焼きを一口、食べた。
これが、本当の朝だ。
▽
インターホンを押しても返事はない。
庭に回って、窓から中を覗いた。
垂れ流しのラジオが聞こえる。
中に見えた人影。
夏越。
「生きてるか、夏越……」
『速報です。××地方に、青い雨が降ったとの情報が入りました。繰り返します。新たに、××地方に、青い雨が……』
終
Blue Rain. 四季ラチア @831_kuwan
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