第10話

…目が、覚めた。

……目が覚めた。

頭が、はっきりとしている。

目が覚めた、と…すぐに自覚できた。

言葉が、久しく簡単に頭に浮かぶ…そういえば、昨日は薬を打たなかったんだ。だから副作用が薄くなった。

頭がはっきりとする。

…その代わり、ものすごく喉が渇いている。


『───……───……』


ひどいノイズの音。

ラジオの電波が悪い…ダイヤルを回して調整すると、ようやくいつもの番組の声が聞こえた。

『八時五分、ニュースの時間です』

…朝。

僕は、ラジオを持ってリビングに向かう。



『××川の氾濫が起こった××村ですが、一夜明けて、被害状況が明らかになりました』


カーテンを開けると…すごい景色が広がっていた。

庭に溜まる雨水。近所の屋根。遠くの森林…何もかもが真っ青だった。コンクリートも、植物も、土も、青い雨を吸い込んで、真っ青になってしまった。

けど、もう雨は止んでいる。

空もまた、真っ青だ。


『避難の際に、流されてきたものに当たり軽傷を負った方三名。死者二名。行方不明者六名…また、今後、雨奴の徘徊が増えると予想されます。遭遇した際は、くれぐれも自分で対処しようとはせず、すぐに距離を取り、近くの警察官や、処理班に…』


油を引いたフライパンに卵を落として、蓋を閉めて様子を見る…弱火で数分。

ゆっくり待って、卵の様子を見て…。

そろそろかな、と…フライ返しで掬い取る。

お皿に乗せて。

…レンジが鳴る。

ドアを開けると、温めたミルクの甘い香りがふわりと広がる…はちみつを混ぜれば、もっと甘くなる。優しい香り。

お皿とカップを持って、テーブルに持って行く。

瑞々しいサラダと、バターを塗ったトーストの横に並べて、朝ごはんは完成だ。

僕は席に着く。

「ねえ、すごいでしょ。今日は目玉焼き、うまくいったんだよ」

ほら見てよ。こんなに綺麗な黄色。ぷるぷるとした白身。

きっと割ったら、とろとろと黄身が溢れ出すはず。柔らかい半熟だ。

「うまくいったんだよ。はじめてだ」

嬉しくてたまらない。

「トーストも良い感じの焦げ目でしょ」

きっとカリカリで、でもふわっとして、バターが染み込んで、美味しいんだ。

「野菜は嫌いだなんて言わないでよ」

サラダは水をいっぱい含んで新鮮。渇いた身体にはとってもおいしい栄養なんだ。

「身体を冷やしたらだめだから、温かいミルクがいちばん良いよね」

暑い日が続くからって、冷たいものばかり飲んじゃだめだよ。

「ああ、ごめんね。お腹すいてるよね」

外は晴れてる。

青い景色が広がる。

まるで、青空が降り注いだかのように。

まるで、青空の中に居るかのように。

まるで、夢の中のように。

胸が軽くて。頭が冴えて。呼吸ができて。

「さ、食べようか」


『では、ここで一曲…』


「おはよう。芽ちゃん。菜花ちゃん」

流れたのは、若手女優と有名シンガーソングライターのデュエット。優しい朝の歌。

穏やかな、ひとりの食卓。

僕は、大好きなふたりの写真を前にして。

ホットミルクを飲んで。

目玉焼きを一口、食べた。



これが、本当の朝だ。











インターホンを押しても返事はない。

庭に回って、窓から中を覗いた。

垂れ流しのラジオが聞こえる。

中に見えた人影。

夏越。

「生きてるか、夏越……」


『速報です。××地方に、青い雨が降ったとの情報が入りました。繰り返します。新たに、××地方に、青い雨が……』



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Blue Rain. 四季ラチア @831_kuwan

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