第8話

雨が、降る。

青い、雨が。

いっぱい、降っている。



線状降水帯…一昔前から、よく聞く、警報。

昔は…たぶん、そういうのは、なかったはず、なんだ。異常な、降水量なんてのは、なかった、はずなんだ。

記録的豪雨…記録的猛暑…温暖化が原因で、気温も、雨量も、簡単に、人が死ぬほど、悪化している。

過去の災害の話。酷暑の最中の、長い停電は…百人以上の、熱中症患者と、死者を出した。

今に至っては、水まで、汚染、されている。

ライフラインが、途絶える。

今なら、簡単に…この国に住む、人たちは…。

……やめよう。


『…れは、災害警戒レベル……に…します。命を守る……の行動を……』


ノイズが、うるさい。

雷が、響く度に…ラジオが、砂嵐のような、音を鳴らす。

雨音。

雨粒が、屋根と、窓と、ベランダを、叩く。

雨音が、癒しだという、そんな奴も、居たけど…こんな音の、何がいいんだか。

……自分だ。

昔は、好きだった。

雨音の中、本を読んだり…何もしないで、窓の外を、眺めたり。

雨が降らない日の、夜に…わざと、雨音を、携帯電話から、流して…あの時は、深く眠れて、いた。

今は…怖くて、仕方がない。

勿論、そんなのは…青い雨が、降る前から…怖がる人は、居た。災害級の大雨の、被害に遭った、人たちは…少し、雨が降るだけで、または、雨の予報を、聞くだけで…怯えるようになった。

青い雨は、そんな人たちにも、そうじゃなかった人たち、にも…悪影響だ。


「…悪いな、夏越」

「んん…大丈夫。雪待、こそ…気をつけて」

…ベッドの上。

携帯電話を、切る。

こんな、大雨じゃ…外には、出られない。

仕事場には、予報を聞いた、シフトの、人たちが…昨日のうちから、待機していた。だから、街の水は、大丈夫、なはず。

僕と、雪待は…二日連続の、休日。

僕に至っては…『公害病』を、理由に、休日を、もらったような、もんだ。

休日なら、雪待が来る…って、彼の方から、約束された、話だけど。

こんな大嵐じゃ、来るに、来られない。

大丈夫だよ、って、言った。

僕の家は、高いところに、あるし。

窓を開ける、こともなければ、外にだって、出るわけが、ない。

水仕事も、昨日、雪待に、やってもらったし。いやでも、身体は、流したし…。

僕が、今日、やることなんて…なにもない。

食べる気も、ないし。

飲む気も、ないし。

カーテンを閉めて…せめて、ラジオをつけて…布団に、包まる。


……あ。

…そうだ。

まだ、朝ご飯…作ってない。


僕は、布団から、出て…リビングに行く。

おかしいな…いつもなら、芽ちゃんが、起こしてくれる、はず、なのに。

それとも…僕が、起きなかった、だけかな。

「おはよう、芽ちゃん、菜花ちゃん」

……。

「ごめんね…すぐ、朝ご飯、作るから」

………。

「ねえ…僕、起きたよ?」

…………。

「芽ちゃん…菜花ちゃん…」

……………。

「……なに、それ」


写真。

ふたりが笑う、写真。

芽ちゃんと、菜花ちゃんが、笑ってる…そんな写真が、あるだけで。テーブルの上に、それが、あるだけで。

芽ちゃんも、菜花ちゃんも…いない。

なに、それ。

なんだい、それ。

いつもなら。

いつも、なら。

いつも、って、なに。

「芽、ちゃん……菜花、ちゃん……」

僕は、毎朝、夢を見る。

僕は毎朝、夢を見る、から。

起こして、くれるのは、いつも、芽ちゃん、だから。

だから、僕は…きっと、まだ、夢を……見て、いて…夢を、見て…いる……から。

芽ちゃん。

菜花ちゃん。


『…さっき、お前は言ったな。菜花ちゃんが、亡くなった時のこと』


うるさい、雪待。


『だったら夏越…芽さんは…芽さんもな』


うるさい。黙って。黙れ。


『運転手は…奥様は行方不明です』


黙れ。黙れ。うるさい。知らない。


『お父さん、ごめん』


やめて。


『あり得ないんだよ、とっくに雨奴になって死んでいる‼︎』


「ねえ、起こし、て‼︎ 何で、起こして、くれ、なかっ、た…の…芽ちゃ……‼︎」

手を、伸ばした…勢いで…フォトフレーム、が、テーブルから、吹っ、飛んで…音を、立てて…床に、落ちて、滑、る……。

叫ぶ。

ひとり、で。

テーブル、に、突っ伏して…叫ぶ。

乾いた喉、は…すぐ、に、枯れて……潰れて、咳が、止まらなく、なって…それでも……声は、抑えられなく、て……。

閉めた、カーテンの、向こうから。

雨の、音、が。

うるさい。

うるさい。

うるさい。

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