第7話

…青い水は、その粘度で、排水溝などの、汚れや、異物を、全て、からめとって、溶かして、流す、から。

吐き戻しは…跡形もなく、溶けて、流れて、いった。


「青い水唯一の長所だな」

雪待は、僕がひとりになって…水が怖くなった僕の、生活への支障を、知ってくれたから…シフトを、合わせてくれる、ようになった。

だから、休日…。

奥さんも、居るのに…雪待は、仕事が、休みの時…僕の家に、来てくれて。

水が、必要なことを…手伝ってくれる。

だから、いやでも…。

「ほら、吐いたんだから…洗うぞ。いちいち市民センターに無水洗浄を借りに行くわけにはいかないだろう」

…水が怖い人のために、避難所に、使われるような、公共施設には…水を、使わずに、身体を洗える、特殊車両が、設置されている。

海外で、既に発生している、水質汚染。

それこそ、水も飲めず、浴びることも、できない国が、開発した…化学車両。

結局、化学…だけど、助かってる。

シャワーのように、さっぱりとは、しないけど…汚れも、においも、完全に落とせる。

僕は、定期的に…それを、借りに、行く。

でも、今は…。

「髪も汚したんだ。全身流すぞ」

「嫌、だ…‼︎ し、ぬ…‼︎ …っ……から…‼︎」

「ならない。雨奴にはならない。お前がテストした水だろうが。それともお前に不備があったのか。だとしたらこの街は終わりだぞ」

「や、め……やめ、ろ……ゆ、き、まち…‼︎」

呼吸も、ままならない、悲鳴を上げる、僕に…雪待は、服の上から、水を、浴びせる。

蛇口を、捻り…シャワーからは、真っ青な、水が、噴き出て……僕の身体を、青い、筋が、流れて、白いシャツを、青く、汚していく…。

「暴れるな、夏越。そこまで怖がるものか」

「だ、って……ここ…ここ、で……!」

そっか。

こいつは…菜花ちゃん、が…ここで………したこと、知らな、い…。

あのね。

あの、ね、雪待…。

「ここで…菜花、ちゃ……ゔうっ」

水が…耳と、目と、口に、流れ込んで。

浴室に、僕の、悲鳴と、吐く声が、響く。

ひどい。

ひどい。ひどい。

最悪、だ。



『では、やはり原因は排水処理施設側にあると?』

『シアン排水処理の事故例に例えると、シアンが、シアン系水路ではない場所に混入され、シアン濃度が基準値を超えたという話があります』


『今回の事例の検証を行った結果、青い雨の原因物質は───と酷似しており、それが水路に混入…───の蒸発燃焼法では分解できず、そのまま排気され蒸発。こうして青い雨が降ったと思われます』


『一番の問題は、排水処理施設側が、青い雨の原因物質にまったく気づいていなかったということです。普段通りにやっていれば異常は起こらない…このような杜撰な働き方で、危険物質を見逃し、各施設で一年半もの間、汚染された排気ガスを排出し続けたのです』


『しかし…でしたら、原因物質が流出した理由は? 今もなお青い雨が降り続けているのは、工場側の排水には今も、青い雨の原因物質が含まれているから、と言われておりますよ』

『水は循環するものでしょう。工場排水はもう問題ではない。雨奴は自殺して循環している。今はそれが問題なんだ』


『調査は続けられているのですが…この地区の全ての工場が、機材や薬品を見直しました。しかし未だ何が原因で、どこの工場が元凶なのかすら特定に至っておりません』

『大手工場が発端であり、隠蔽工作を行なったという噂もありますが?』


『さっきから噂だとか言われているとか、貴方はどこから情報を持ってきているんです』


『被災地への賠償金はどちらが払うんですかね。杜撰な排水処理施設も問題だとは思われますが、工場側に何の非もないとは言い切れませんし』

『卵か鶏かでしょう。私は工場側が九割だと思いますがね』

『未知の化学物質ですって。一説にはアメーバやウイルスなどのように、宇宙の影響を受け発生したもの、またはそれ自体が宇宙からの飛来物だと…』


「くっ、だら、ねえ……」

「そのくだらないラジオを付けているのはお前だろう」

ソファの上…天井を、眺めて…垂れ流しの、ラジオを、聞き流す。

テレビは、嫌い。

水が、映る、から。

ほとんど、使わない、給水タンクの水を、使って…雪待は、勝手に飲み物を、作る。

透き通る、緑。

冷えた、煎茶。

「お前も少しは飲め。胃酸で喉が焼けたはずだ。いつもに増してひどい声になってるぞ」

「…いや、だ…」

からん、と…グラスの中で、傾く、氷。

透き通る、水の、塊…水、水だ。口に含めば、たちまち、溶け出して、浸透する。

どこの、水かも、知れず。

循環する、水。

どこだって、同じ。

流れつけば、そのきれいな、透明にだって、死体が、溶けている。

「飲めもしないのに、飲み物の種類は揃っているな。緑茶、紅茶、コーヒー、ハーブティーまで…洒落やがって」

「…芽ちゃんと、菜花ちゃんに、飲ませる、ため…さ。きれいな、水も、害のない、食べ物も、ぜんぶ…」

「芽さんと菜花ちゃんのため、か」

「当たり前…だろ。変な物…食べさせる、わけには、いかない、でしょ…ねえ?」

「誰が食べるって」

「芽ちゃんと…」

「誰が食べるんだ」


わか、ってる。

今は、夢は、見ていない。

そこに、あるのは…ただの、写真。

芽ちゃんと、菜花ちゃんは、居ないから。

居なく、なったから。

「…いい加減に…」

「なに…雪、待?」

………。

雪待は、テーブルに、グラスを置いて…項垂れる。

「…さっき、お前は言ったな。菜花ちゃんが、亡くなった時のこと」

「……ん」

「そう。なら…わかってるんだよな。だからお前は、水が苦手になったんだな」

「………かも、ね。うん。菜花、ちゃんは…菜花ちゃん、は、お風呂場で…雨奴で…」

「…事情を知らなかったにしろ、今まできついことを言ったのは謝る」

別に…話すこと、でも、なかったし。

ひとの家族の、死因、なんて…他人が、聞いても、何にもならない。

いいよ、と、雪待に、答える、けど。

雪待は…。

「だがな…」

……その先は、聞きたくない。

「だったら夏越…」

やめろ。

「芽さんは…芽さんもな」

「かえっ、て、くるよ」

僕は、飛び起きる。

くらくら、しながら…ソファから、降りて…。

雪待に、手を伸ばして…肩を掴んで。

「芽ちゃん、は…かえって、くるから」

「夏越、落ち着け」

「きっと、誰かが、助けて、くれた」

「ないよ。なあ、それがだめなんだって」

「もし、か、したら…そうかも、しれないけど……なにか、特殊な、治療で…」

「菜花ちゃんがそうなって、どうして芽さんだけが助かったと思えるんだ」

「芽ちゃん…芽ちゃんは、強いから」

「夏越」

「芽ちゃん、優しい」


「あり得ないんだよ、とっくに雨奴になって死んでいる‼︎」


ラジオに、ノイズが、かかる。

どこかで、雷が、鳴ったんだ。

降雨注意報…の、話。

災害級の、雨…五十年に、一度…。

今は、いつ、なんだろ…。

雪待。

雪待。


『避難準備情報です。今晩から被災地は、猛烈な豪雨に見舞われると予想されます。土砂災害警戒区域、洪水危険区域にお住まいの方、青い雨が降ってからの避難は大変危険です。早いうちの準備を…』


「……やめ、て…?」

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