第4話

虫の声は、だいぶ、減った。

鳥の声も、だいぶ、減った。

蛙の声も、だいぶ、減った。

青い雨による、汚染や、寄生は、自然界にも、少なからず、影響が出る。

幸いだったのは…植物は、青い雨を吸収しても、いっとき、葉の色が青くなる、程度で、済んだこと。

雨が続いた日に、いっときだけ、森や林が、青っぽくなることは、あっても…雨が上がれば、緑の森林が、戻ってくる。

景色は、ほとんど、変わらずに済んだ。

ただ、生物の生態は、破壊された。



レインコートは、フードも被る…手袋をした手で、傘も被って…予報通りの、雨の中を…僕と雪待は、帰宅する。

べちゃり…びちゃり…と、傘に当たる、粘着質な雨音…地面に跳ねて、飛び散って、ねちゃりと広がる、青い斑模様…青い水溜り。

ぼた、と…傘を持つ手に、青い滴が当たった。

「本当に…これだけで、寄生、されるの?」

「他人の手症候群のようになったという話も聞くが…それは思い込みから発症したものだと思う。一滴や二滴ではどうもしない。問題なのは、どしゃ降りにもろに当たった場合だ」

「だったら…言うほど、こんな…重装備なんか、しなくたって…いいんじゃ、ないの?」

「下手な軽装備で雨奴になりたいか」

「雨で、死ぬ前に…暑さで、くたばるよ」

環境破壊のせいで、突然の大雨は、頻発し…同時に、酷暑が続く。

ただでさえ、三十五度を超える、猛暑日…そこに、生物へ寄生する青い雨…そして湿度…身を守るための、雨具や手袋、長袖の夏。

夏場は、熱中症での搬送が、他の地区の数十倍。

女の子なんかは…スカートが履けない、生足を出せない、なんて…嘆く声も出た。

「冬の、方が…まだ、ましだ」

「冬だってじゅうぶんひどい目に遭うだろう。青い雪は溶けづらくて、圧し潰された家屋が何軒出た…溶けた後は、凍った青い水のスリップ事故被害。地面から青い氷を剥がすのに労力は必要…」

「あー、わかったよ…わかった、って」

「暑くないだけさ。青い雪に当たったって、結局雨奴になってしまう」

「わかった、ってば…はあ」

「だから無飲薬は好かない。お前が喋るのを待つのも、こっちにはストレスだよ」

「…ごめん」

無飲薬の、副作用は…僕よりも、僕を相手にする人に、だいぶ、ストレスを与える…らしい。

当然、か。

思考能力も、落ちて、次の言葉を、探すのに、ひどく時間が、かかるから…声を出すにも、喉の乾きと、呼吸器などに、現れる、副作用で、息切れと、呑気に、頻度があって、喋るのも、まともにならない。

まるで、幼稚に。

或いは、障がい、のように。

「…まったく…新薬は、まだ、かなぁ」

「新薬を望むくらいなら、水を克服した方が早いと思うぞ、夏越」

「…災害が、終われば、解決する、さ」

青い雨も。

酷暑も。

何もかもが、災害、だ。

人類が、積み重ねてきた、環境破壊の、結果…自業自得。

暑い。

「……暑い」

「無飲薬のお陰で脱水症状にならないとはいえ、喉は乾くんだろう。少しは潤したいとは思わないのか…お前のこと、見ていて怖いぞ」

「…雪待は…を、飲めるの?」


「………は?」

「あ…」

植え込みから、出てきたのは…変な形の、雨奴。

青いスライムは、四足歩行。

ぼたぼたと、滴を垂らして、糸を引いて、引きずって…少し、腹が、抉れて見える。

たぶん。

「猫……かな…」

「…野良か」

「轢かれた、子……」

「瀕死の所で雨に当たったんだろう。死んでいなけりゃ、はらわたが出ていても雨奴になるんだ」

「はらわた……出てるよ」

「あまり見るな。人間と違って、動物の雨奴はしつこく追ってくる」

…もうすぐ、死ぬはず、だったのに。

雨に、無理矢理、生かされて。

この近くに、水は、流れていない。

ああ、でも、すぐ、そこには。

「…殺して、あげた方が、いい?」

「手を出すな、夏越!」

雪待に、止められる、けど…僕は、構わず、雨奴の猫に、近づいて。

予備で、持ち歩く、折り畳みの、傘を、伸ばして、雨奴を、誘き寄せる。

「猫…ねこちゃん……こっち、おいで」

引きずる、溶けた、スライムの糸は、車に轢かれて、あふれ出た、はらわたで…死ねないのは、青い雨の、せいで。

人間に、殺されて。

人間のせいで、死ねなくて。

猫は、苦しんでいるはず、だから。

側にある、水が、流れる、側溝に、誘き寄せて。

「ほら…こっちに、来れば……死ねるよ?」

ねこちゃん。

ああ、女の子、だよね。

だから。

ねこちゃんは……僕に向かって、飛びかかってきて。

「夏越!」


びちゃっ!

……雨の滴は、真っ直ぐ落ちて。

……弾けた体液は、四方八方へ、飛び散って。

僕は、いつものように、顔を、腕で覆って。

だから、その瞬間は、見えなかったけど。

跳ねた水の音を、聞いて…足元を、見たら。

ねこちゃんは、いなくなっていた。

…かわりに、雪待が、立っていて。

長靴から、ズボンの膝上まで、を…真っ青に汚して。

「……汚い」

とても、不快そうに。

「……自分、だろ」

蹴り殺した、くせに。

雪待が、僕を睨む。

「境界を失うとろくなことはない、何度言わせる! 雨奴には手を出すな! 死ぬことになるぞ! ああ、何度言わせるんだ、夏越!」

「………」

うるさい。

うるさい、な…。

わかってる。

わかって、る…わかって、る、わか、って、る、わ、かっ、てる……。

だから。

「そう、したい、ん…だろ」

「……死体の体液って、どういう意味だ」

お前の、だよ。

「……あー、ひどい、雨」

僕と、雪待の、したことは、ちがう。

「……帰、ろ。雪、待」

薬が、切れる。

空咳が、止まらない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る