第4話
虫の声は、だいぶ、減った。
鳥の声も、だいぶ、減った。
蛙の声も、だいぶ、減った。
青い雨による、汚染や、寄生は、自然界にも、少なからず、影響が出る。
幸いだったのは…植物は、青い雨を吸収しても、いっとき、葉の色が青くなる、程度で、済んだこと。
雨が続いた日に、いっときだけ、森や林が、青っぽくなることは、あっても…雨が上がれば、緑の森林が、戻ってくる。
景色は、ほとんど、変わらずに済んだ。
ただ、生物の生態は、破壊された。
▽
レインコートは、フードも被る…手袋をした手で、傘も被って…予報通りの、雨の中を…僕と雪待は、帰宅する。
べちゃり…びちゃり…と、傘に当たる、粘着質な雨音…地面に跳ねて、飛び散って、ねちゃりと広がる、青い斑模様…青い水溜り。
ぼた、と…傘を持つ手に、青い滴が当たった。
「本当に…これだけで、寄生、されるの?」
「他人の手症候群のようになったという話も聞くが…それは思い込みから発症したものだと思う。一滴や二滴ではどうもしない。問題なのは、どしゃ降りにもろに当たった場合だ」
「だったら…言うほど、こんな…重装備なんか、しなくたって…いいんじゃ、ないの?」
「下手な軽装備で雨奴になりたいか」
「雨で、死ぬ前に…暑さで、くたばるよ」
環境破壊のせいで、突然の大雨は、頻発し…同時に、酷暑が続く。
ただでさえ、三十五度を超える、猛暑日…そこに、生物へ寄生する青い雨…そして湿度…身を守るための、雨具や手袋、長袖の夏。
夏場は、熱中症での搬送が、他の地区の数十倍。
女の子なんかは…スカートが履けない、生足を出せない、なんて…嘆く声も出た。
「冬の、方が…まだ、ましだ」
「冬だってじゅうぶんひどい目に遭うだろう。青い雪は溶けづらくて、圧し潰された家屋が何軒出た…溶けた後は、凍った青い水のスリップ事故被害。地面から青い氷を剥がすのに労力は必要…」
「あー、わかったよ…わかった、って」
「暑くないだけさ。青い雪に当たったって、結局雨奴になってしまう」
「わかった、ってば…はあ」
「だから無飲薬は好かない。お前が喋るのを待つのも、こっちにはストレスだよ」
「…ごめん」
無飲薬の、副作用は…僕よりも、僕を相手にする人に、だいぶ、ストレスを与える…らしい。
当然、か。
思考能力も、落ちて、次の言葉を、探すのに、ひどく時間が、かかるから…声を出すにも、喉の乾きと、呼吸器などに、現れる、副作用で、息切れと、呑気に、頻度があって、喋るのも、まともにならない。
まるで、幼稚に。
或いは、障がい、のように。
「…まったく…新薬は、まだ、かなぁ」
「新薬を望むくらいなら、水を克服した方が早いと思うぞ、夏越」
「…災害が、終われば、解決する、さ」
青い雨も。
酷暑も。
何もかもが、災害、だ。
人類が、積み重ねてきた、環境破壊の、結果…自業自得。
暑い。
「……暑い」
「無飲薬のお陰で脱水症状にならないとはいえ、喉は乾くんだろう。少しは潤したいとは思わないのか…お前のこと、見ていて怖いぞ」
「…雪待は…死体の、体液を、飲めるの?」
「………は?」
「あ…」
植え込みから、出てきたのは…変な形の、雨奴。
青いスライムは、四足歩行。
ぼたぼたと、滴を垂らして、糸を引いて、引きずって…少し、腹が、抉れて見える。
たぶん。
「猫……かな…」
「…野良か」
「轢かれた、子……」
「瀕死の所で雨に当たったんだろう。死んでいなけりゃ、はらわたが出ていても雨奴になるんだ」
「はらわた……出てるよ」
「あまり見るな。人間と違って、動物の雨奴はしつこく追ってくる」
…もうすぐ、死ぬはず、だったのに。
雨に、無理矢理、生かされて。
この近くに、水は、流れていない。
ああ、でも、すぐ、そこには。
「…殺して、あげた方が、いい?」
「手を出すな、夏越!」
雪待に、止められる、けど…僕は、構わず、雨奴の猫に、近づいて。
予備で、持ち歩く、折り畳みの、傘を、伸ばして、雨奴を、誘き寄せる。
「猫…ねこちゃん……こっち、おいで」
引きずる、溶けた、スライムの糸は、車に轢かれて、あふれ出た、はらわたで…死ねないのは、青い雨の、せいで。
人間に、殺されて。
人間のせいで、死ねなくて。
猫は、苦しんでいるはず、だから。
側にある、水が、流れる、側溝に、誘き寄せて。
「ほら…こっちに、来れば……死ねるよ?」
ねこちゃん。
ああ、女の子、だよね。
だから。
ねこちゃんは……僕に向かって、飛びかかってきて。
「夏越!」
びちゃっ!
……雨の滴は、真っ直ぐ落ちて。
……弾けた体液は、四方八方へ、飛び散って。
僕は、いつものように、顔を、腕で覆って。
だから、その瞬間は、見えなかったけど。
跳ねた水の音を、聞いて…足元を、見たら。
ねこちゃんは、いなくなっていた。
…かわりに、雪待が、立っていて。
長靴から、ズボンの膝上まで、を…真っ青に汚して。
「……汚い」
とても、不快そうに。
「……自分、だろ」
蹴り殺した、くせに。
雪待が、僕を睨む。
「境界を失うとろくなことはない、何度言わせる! 雨奴には手を出すな! 死ぬことになるぞ! ああ、何度言わせるんだ、夏越!」
「………」
うるさい。
うるさい、な…。
わかってる。
わかって、る…わかって、る、わか、って、る、わ、かっ、てる……。
だから。
「そう、したい、ん…だろ」
「……死体の体液って、どういう意味だ」
お前の、それだよ。
「……あー、ひどい、雨」
僕と、雪待の、したことは、ちがう。
「……帰、ろ。雪、待」
薬が、切れる。
空咳が、止まらない。
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