対処法
もし、ここがパラレルワールドと仮定した場合の話だ。今の目の前に立っている彼は私の知っている、彼ではないということになる。彼であって、彼ではない。
しかし、ここがパラレルワールド、並行世界だとしたら私は何がきっかけでこちらへ来たのだろうか。朝は誰にも会わずに、ただ一人散歩をしていた。これはいつも通りの日常のはず。
「マジシャンの人、体調悪い? 眉間にしわ寄せてるけど」
私が考え事をしていると、彼は体調が悪くないか?と心配をしてきてくれる。私は、体調のことより、マジシャンの人と呼ばれるのが違和感の塊だったので名前を教える。
「いや、悪くないよ。 それと私は薫って言うんだ。これからそう呼んでよ」
「僕は凛って言うんだ! あっ、授業あるの忘れてた! じゃ、俺もう行くね!」
「バイバイ」
彼は去り際に自分の名前を言い、足早に授業へ向かってしまった。彼の後ろ姿が少しだけ眩しく思えたのは、どうしてだろうか。
私も授業に出ないと。ここが並行世界だとしても。
「はーい、授業始めるよ」
そう言いながら教室に入ってきたのは、
先生の授業が九十分続く。授業が終わりを迎えると、私は家に帰る準備をし始める。今日は五限にまた授業を入れてるため、そこまで暇なので家に帰ろうということだ。交通費は倍かかってしまうが、家の方がくつろげるからこうしている。
準備を整えた私は大学を出る。駅へ向かい、電子マネーを置き改札をくぐる。電車が参ります、とアナウンスが流れる。ガタンガタン、と車輪を揺らした電車が駅のホームに入ってくる。
相変わらずのガラガラの電車。ガラガラの電車?私はまた違和感を覚えた。朝来た時もガラガラの電車に乗っていた。そして降りたら、別の世界に行っていた。
もし、もしだ。これで本当の世界に帰るならば、トリガーは電車ということになる。
しかし、電車に乗るだけがトリガーになってしまうなら困ってしまう。これから電車に乗るのが億劫になってしまう。乗る度に、他の世界に飛ばされるなんて最悪だ。
私は一つの最悪の場合を想定し、鞄に入れていた、日記帳とペンを取り出す。日記帳を開いて、私は紙にペンを走らせる。
『もし、並行世界に行って記憶を無くしてしまった私へ。私は級友もいません。だから、頼れる人がいないと焦ってしまうでしょう。まずは親に電話をして、その後は家に籠っていてください。記憶が無い状態で外に出るのは危ないから。分かりました?』
私は日記帳に記憶が飛んでしまった場合の対処法を、簡易的だが書いておく。並行世界に行って、記憶が残っているという確証がない。今回はたまたま覚えていただけかもしれない。
電車内のアナウンスが目的地に着いたことを知らせる。運命の分かれ道と言っても良いだろう。降りた時、私はまた違和感を覚えるのか。
「……覚えない」
私は電車を降りても違和感を覚えなかった。どうやら、まだ並行世界のようだ。戻れるかもしれないという、希望を打ち砕かれた私は、肩を落としながら家への帰路をたどる。
◇◇◇◇
「……なにこれ? もし、並行世界に行って記憶を無くしてしまった私へ? こんなの書いた覚えない……」
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