違う
「どこ……ここ?」
私は電車から降りると、そう口にしてしまった。目の前に広がる景色を見て、何故その言葉が出たのか。違いは何もない大学前の駅のはずなのに、何処か違和感を覚える。
混乱する頭は状況を整理することすら出来ずにグルグルと回る。
違くない、何も違くない。わかってる。なのに、なんで違う気がしちゃうのだろうか。通り過ぎて行く人たちも、流れる雲も、電車が来るアナウンスも全て知っている。何一つ違わない。それなのに、この違和感は?
私は分からないまま、大学には遅刻したくはないので歩き始める。歩けば、少しは気が紛れるとも思ったが、逆に違う所は無いかとキョロキョロとしてしまう。傍から見たら、挙動不審の危ないヤツでしかないが、違和感が私の背後をペタペタと付きまとう。
「あっ、おーい! 魔法使いの人だ! 今から大学?俺と同じだね」
後ろから私を呼ぶ一つの声。それは朝散歩してた時に聞いた声と同じ。同じだが、違う。彼は私をマジシャンの人と呼ぶ。なのに、魔法使いの人と今の彼はそう呼んだ。
「……え? マジシャンの人じゃないの?」
私は彼が話しかけてきたことよりも、マジシャンと言わなかったことに疑問と不思議を抱く。違和感はジワジワと噴火する前の火山のように噴き上がる。
「マジシャン? なんのこと? 僕は、君が昨日犬のハンカチを落とした時に魔法使いだと確信したんだよ」
「犬のハンカチ? 私が持ってるのは猫のハンカチ……じゃない」
彼は昨日私が犬のハンカチを落としたと言う。
いや、違う。私がひらりと彼の頭に落としたハンカチは猫の刺繍がされたハンカチ。そう思い、左ポケットに入れて置いたはずのハンカチを確認する。すると、確かに犬が刺繍されていた。
私の頭はさらに混乱する。おかしい。犬のハンカチなんて持っていなかったはずなのに。でも、確かにポケットには入っていて。分からない、どういう事なの。
この世界は今まで生きてきた世界とまるきっり同じ。なのに、持っている物、言われていることは違う。段々と息が荒くなり、心臓が鼓動する音が体全体に響き渡る。
「大丈夫? だんだん顔色悪くなってるよ、そこのベンチに座ろ」
彼は、混乱しパニックになりそうな私を優しく近くのベンチに座らせてくれた。
ベンチに座った私はまだ混乱していてパニックが落くようなことは無かった。だけど、座ることによって息はしやすくなる。
「何か飲む? 買ってこようか? と聞くのは男じゃないね。よっし! 買ってくる!」
彼はそう言うと、私の返事を待たずに自販機へかけてしまった。普段のおちゃらけた、彼からは想像が出来ない対応だった。
「はい、お水。ジュースにしようかと迷ったけど、嫌いかもしれないから無難なものにしておいたよ」
「あ、ありがとう」
水を持って帰ってきた彼は私に渡してくれる。水を一口、口に入れると気が少し軽くなる。体を巡っていた心音は落ち着き、段々と正常になっていく。
「大丈夫そう?」
「あ、うん。ごめんね、急に心配かけちゃって」
「全然だいじょうび。大学には行けそう?」
「何とか行けそう」
「そっ、良かった。俺も一緒に行くから、何かあったら言ってね」
「うん」
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