散歩
ピピピと、携帯のアラームがうるさく木霊する。眠気まなこでアラームを止める。換気のために開けていた窓から、ヒヤッとした空気が部屋に流れ込む。原付スクーターの音が、学校へ登校する子供たちの声をかき消していく。
枕に押し付けられ、形を保つことが出来なくなったボサボサの髪の毛を揺らしながら、私は眠気覚ましにコーヒーを冷蔵庫から取り出す。オシャレな女子じゃない私はスーパーで百円のコーヒーを買い占めて、常時冷蔵庫に保管している。カシュ、っとプルタプを開けて苦いコーヒーをすっきぱらに流し込む。
パンをトースターに入れる。焼き終わるまでの時間で歯磨きをする。コーヒーを飲んだばっかりの口には、歯磨き粉は合わず嗚咽が出る。歯を磨いてる内に、チンっとパンが焼きあがる。口に歯ブラシを加えたまま、食器棚から花柄のお皿を取り出しパンを乗せる。冷蔵庫を開けてイチゴジャムをパンに塗る。
洗面台に戻り、口に溜まった歯磨き粉を吐き出し口をゆすぐ。机の上に置いておいた、パンを口に頬張り込む。
テレビを付けて、時間の確認をする。時刻は八時半。まだ大学に行かなくてもいい時間だが、私は早寝早起きを心がけている。朝起きないと、正体不明の罪悪感に包まれ苛まれることになる。
「……散歩にでも行こ」
いつも早く起きるくせにやることがない。だから、よく散歩に出かける。朝は、少しだけ肌寒くて気持ちがいい。
パジャマから外行きの服に着替える。長く歩いても疲れにくい履きなれた紺色のスニーカーを履く。
扉を開けると太陽の光が目をつんざく。太陽に背を向けて、家の鍵を閉める。
家の近くには河川敷があり、私の散歩コースでもある。朝といっても、八時を過ぎているため歩く人の姿は少なかった。
ぼーっと川を見ながら歩いていると、後ろの方から誰かを呼ぶような声がする。私は、野球かゲートボールでもしているのだろうと、気にも止めずに歩いていた。
しかし、その声はこっちへ駆け寄ってくる。声は鮮明に聞こえて、私のことを呼んでいた事に気付く。
「……おーい! そこの貴方ー! 」
「あ、私ですか?」
「うん、君。って、あっ!マジシャンの人!」
「あっ! 私をマジシャンにしたい人!」
私は声の主の方に振り返る。すると、そこに居たのは、昨日私をマジシャンだと言い張っていた意中の彼だった。
まだ髪の毛はボサボサで化粧すらしてない顔を見られる。パパっと前髪だけを整える。
「そうそう、これ。鍵落としてたから追いかけて来たんだ」
「え? あ、ホントだ。ありがとう」
鍵を入れていたはずのポケットを探ると、確かに鍵が消えていた。私は落としたことにも気付かずに、呑気に歩いていたと考えるとゾッとした。拾ってくれたのが、親切な彼で良かったと心の底から思う。
「今から大学行くの?」
「ううん、暇だから散歩してたの。 そっちは?」
「日課のランニング。 やっぱり男は体力無いとね」
「何それ」
「じゃ、僕はこれで。まだ走らないといけないから」
「あ、うん。バイバイ」
彼はそういうとスラコラサッサと走り去ってしまった。
私は落とした方のポケットではない方に鍵を入れ、また散歩を再開する。
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