マジシャン

 マジシャンと勘違いされた、私は彼から返された猫柄のハンカチを見ながら、太陽が目を劈く空を見上げていた。


 清々しいほどに青が澄み渡っている、晴れ模様で洗濯日和の今日。このまま家に帰って勉強でもしようかと、商店街をブラブラと散歩していた。


 セールばっかりしている玩具屋は今日も寂しそうにポツンとお客を待っていた。いつもは目を惹かれずにそのまま素通りをしていくのに、今日は一つのセール品に目が止まった。


 貴方もこれで魔法使い。なりきりマジシャンセット。

 なんとも胡散臭い商品なのだが、私の心は強くガッシリ掴まれてしまった。

 マジシャン、彼が私をマジシャンと間違えているのならその期待に応えるべきなのでは。冷静になって考えれば、彼が私に期待なんてしてないことなんて明白だった。


 冷静になれてないのは、恋の熱なのかそれともこの外の熱なのか。落ち着いて水を被っていないこの頃の私には分からない問だった。


 マジシャンになりきりたい私はその商品を手に取り、古めかしい店の奥へ入っていった。

 店には埃を被った何年前の玩具かも分からないものが置いてあったりと、玩具屋というよりかは骨董品屋という方が正しい気がした。


 手に持ったマジシャン道具もかなり古いものなのだろうか。箱をよく見てれば、少し色が褪せている場所もあれば、折れている箇所もチラホラとあった。


「これお願いします」


「あいよ。五百円ね」


 リュックサックから財布を取り出して、五百円を手渡す。私はそのまま玩具をリュックサックに詰め込んで、家に帰る。


 帰る道中私の心は、少しだけソワソワしていた。懐かしい気持ちだった。小さい頃、母親にねだってぬいぐるみを買ってもらった時のあの感覚が、また数十年ぶりに甦る。

 夕焼け空が大きな宝石に見えていた頃の私はもう随分な大人になってしまったけど、今はその気持ちをまた思い出せる。


 マジシャン道具は私の気持ちを過去へと連れて行ってくれる。玩具はデカくなってしまった、大人を過去へ送ってくれる魔法の道具なのかもしれない。


 魔法使いはいないけど、気持ちはちゃんと過去のものになっている。あの玩具屋で何となく手に取った、なりきり魔法使いは私ではなく、おもちゃがなりきり魔法使いだったのかもしれない。

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