思い切ってドアを開けたら、立っていた見知らぬJKにいきなり怒られる。


「物騒なのしまって!あたしあたし!」


 JKはマスクを顎までずらし、ウィンクして見せた。


「沙織さん…… !?」


 慌てて握り締めていたサバイバルナイフをリュックにつめる。


 JK姿の沙織に手を引かれるがままについていく。早歩きでも廊下が長い。訝し気に見てくる受付のボーイに、コンビニ行ってきまーす、と沙織はさりげなく微笑んだ。エレベーターに乗り込んで振り返ったら、いつ追いつかれたのだろう、引き出し屋の藤田と、もう一人スーツの女が店の中をウロウロ獲物を探しているのが見える。間一髪。沙織がおもむろに長いウィッグを脱ぎ捨てて、藤田たちに舌を出す。エレベーターのドアが閉まっていくけど、藤田の爬虫類の目玉がぎろりとこちらを捕らえる。やば、閉閉閉閉閉閉!ボタンを連打しても隙間から強引に白い手袋の指がばらりと差し込まれて、


「見つけた!」


 ドアがゆっくりと無慈悲に開いていく。そのとき、


「お兄さぁーん、ウチのコに乱暴せんといてぇー!」


 まんまと勘違いしているのだろうスズキが、藤田を背後から羽交い絞めにした。


「なにするんだ! こいつらは……」


「お兄さぁーん、落ち着いてぇーどうどうどう……」


 私たちは顔を見合わせて、『閉まる』ボタンを押す。


 エレベーターが一階について、繁華街の人混みの中を軽やかに走る沙織のあとを必死でついていって、なんとかタクシーの後部座席に滑り込む。沙織が息を弾ませながら行先を告げる。


「運転手さん、遠くへ行って!なるべく遠く!」


 後ろを振り返ったら、人混みをかき分けて藤田が追いかけてくるのが見える。運転手はなんでぐずぐずしてるんだろう。


「お客さん、ノーマスクは困ります」


 私は身を乗り出し、コンビニで買ったマスクの箱を取り出して震えながら叫んだ。


「マスク!マスクあります!」


 やっと車が走り出す。藤田が豆粒のように小さくなっていく。


「あいつら、しぶといねー!」


 ほっとして沙織と笑い合う。マスクをつけて背もたれに身を預ける。夜の街の光が、私たちふたりの頬をちらちらと照らしている。やがてJK姿の沙織が、窓の外を眺めながらぽつぽつと話し始めた。


「あたしね、実は昔こういう仕事してたの。だから、場所とかなんとなく、ね」


「そうだったんだ……」


 沙織がふうっと息を吐く音が聞こえる。


「ケッコー、荒れてたんだ」


 暗いし、マスクをしてるからお互いの表情がよく見えない。よかったと私は思った。人が言いにくいことを思い切って言うとき、どんな顔をすればいいのかわからないからだ。


「タトゥーもね、アムカの痕を誤魔化すために入れた。『四面楚歌』は、そん時のリアルな気持ち」


 一息に言う沙織の横顔は潔くて、かっこよかった。


「沙織さん……痛かったでしょう、それ」


「うん。でも、もう大丈夫だよ」


 膝の上の拳を握る。初めて知った。本当の気持ちを伝えるのには勇気が要る。


「……想像力ない側とか言って、本当にごめんなさい」


「それはいいって! あたしも言ってなかったからしょうがないよ。てか、別に可哀相マウントするつもりで言ったんじゃない。でもあたしとキミが同じとか言うつもりもない。真由香ちゃんがずっと下向いてトラックに乗ってて、なんかどうっっっしょうもなく悲しくて。なんて言ったらいいかな。要するにあたしは、真由香ちゃんのこと、結構気に入り始めてるんじゃないのかな」


 沙織はひとつひとつの言葉を、自分の中からより正確に近いものを探し出してきて手渡すように言った。


「私も。私も沙織さんのこと気に入り始めてる」


 だって、JKになって助けに来てくれるなんてかっこよすぎます。と笑って。タクシーが曲がる遠心力にかこつけて、こっそり沙織の肩にもたれてみる。


「真由香ちゃん、これからどこ行く? どうせならなるべく、遠ーくがいいな」


 遠く、と聞いて私には、もうひとつしか思いつかなかった。


「……沖縄。私沖縄の、オーハ島に行きたい」


 そこは柿澤悠弥がたどり着いた、最果ての地だった。

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