八島

 腹部に一発入れて、やっと眼鏡男は崩れ落ちた。大阪の男て、めちゃくちゃしよんなぁ。今はがんがんにアドレナリンが出ててよくわかんないけど、多分これアバラ何本かいってる。床にのびてるボーイたちを避けて、私は受付の真っ赤なソファに座って溜息を吐いた。ストレッチをして腕をほぐす。首を回したらバキバキ言う。急にはりきりすぎた。しばらくして、藤田がエレベーターで上がってきた。真っ青な顔をしている。誰も連れてない。嫌な予感がする。


「八島! やられたのか!?」


「真由香ちゃんは?」


「逃げられた。クソッ」


 藤田は冷や汗をかきながら床を蹴って悔しがっている。なんだかコドモみたいだなと私は思った。


「すげーな真由香ちゃん。持ってるわー。引き出しチームに推薦したいっすねー」


「そんなことはどうでもいいだろ! 救急車」


 スマホを取り出そうとして震えている手を、私は制した。


 意外とでかい声が出てしまって、はずみでアバラが刺すように痛んだけれど、私は藤田から目を逸らさなかった。引き出しで親からとる金額は一人あたり一千万。失敗は決して許されない。これ以上余計なことでモタモタしていたら『先生』がなんて言うか。ただの折檻では済まないだろう。藤田は口を小さく開けたまましばらく固まって、全部終わったら絶対に病院へ行け、とだけ吐き捨てた。また手を洗いたくなったのだろう、しきりに両手を揉んだり擦ったりしている。


 私を引き出したのは藤田だった。キックボクシングの試合で右足を怪我して使いものにならなくなって、一人暮らしのアパートでゲームばっかしてた私を、藤田は外の世界へ引き出してくれたんだ。ドアの隙間から私の部屋に光が差して、空中に舞ってるほこりが光ってやたらと綺麗だったのを、今でも覚えている。だから、サービスエリアで私がソフトクリームを買ってる間に気絶してるような、イマイチ使えないセンパイでも、私は藤田のことを心底憎むことができない。フミダスの現場スタッフは元引きこもりや訳ありの人ばっかり。面と向かって聞いたことはないが、多分藤田も例外じゃないと思う。


「今、あいつらどこへ向かってる」


 藤田が聞くので、スマホを確認する。


「またすげー速さで移動してますよ。どこ行くつもりなんだろ」


 大阪市街を北上した先には伊丹空港がある。ひょっとして――


「北海道に行こうとしてるのかな。母親が泣きながら言ってた。家族旅行の思い出があるからって」


「……違うな。親のイメージは理想が強くて当てにならない」


 藤田はスーツの内ポケットから、利用者の部屋で拾った柿澤悠弥の本を取り出し、パラパラとページを捲ってみせた。先輩はこんな風にいつも、口では辛辣なことを言いながら、利用者を徹底的にわかろうとする。


「だが、追いかけるのは明日にしてくれ。さすがにあいつも寝るだろ」


 頼む、と母親に縋るような目で見てくるので、私はまた溜息を吐く。

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