大阪

 高速道路の分岐を降りて、大阪に着いた頃にはお昼過ぎだった。いったんコンビニの駐車場に止まった。沙織はセンターへ積み荷を降ろしにいくというので、私は頭を下げる。


「ありがとうございました……ここで」


「やっぱひとりじゃやばいって。一緒についてきなよ」


 なにも言えずにいたら、沙織が続ける。


「さっきはちょっと怒っちゃってごめん。でも、生きてたら楽しいことあるってのはホントだから」


「すみません。まだちょっと、実感としては……」


 沙織はしばらく頭をぽりぽりしながら考えてたけど、


「……知ってる? ポムポムプリンって、ケツの穴あるんだよ」


「……へ?」


 突拍子もないこと言われて力が抜けて、つい笑ってしまった。沙織も笑う。


「キミが最初裸足で走ってきたのを見たとき、なりふり構ってなくて、胸がいっぱいになっちゃったんだ。真由香ちゃん、キミはかっこいいよ。だから自信持って!」


 沙織は私の肩を思いっきり叩いて、ご安全に!と、トラックに乗り込んだ。わざわざ窓を開けてウィンクするので、私はぎこちなく笑って「沙織さんも気をつけて」と手を振った。トラックの尻が小さくなるにつれて、私は叩かれた肩を擦りながらだんだん本格的に途方に暮れてくる。


 どうしよう。


 とりあえずコンビニでお年玉を貯金してたのをいくらか下ろして、マスクの予備を買った。柿澤悠弥は西成で働いてたらしいと思い出して、御堂筋線に乗り込んで新世界へ向かってみる。地下鉄動物園前駅から外に出る。パチンコ屋とメガドンキが見える。話に聞いていたより意外と綺麗な街だなと思っていたら、横断歩道の真ん中に薄い食パンが一枚落ちていた。大阪って全体的に違う国みたい。なんか空気が違う。すれ違う人もエネルギーがある。折角だし一生に一度は見て行こうかなと寄った通天閣、思ったより小さいのねって口開けてぼーっと見上げていたら、


「家出少女?」


 関西弁のイントネーションで、いかにもサラリーマンっぽい眼鏡男が話しかけてきた。


「い、家出はしてるけど、少女では……ないです……!」


 男の人と喋るのって本当に緊張する。


「ジブン、おもろそうな子やね」


 男はスズキと名乗った。超・コミュ障の私にとって、これは絶好のチャンスかもしれない。


「じ、実は私、この辺で、仕事を探そうと思っていて――!」


「ぅあっづい!」


 びっくりしたー。男の人って急に大きい声出すんだ。


「五月やのに暑いなー。喫茶店はいろ」


 スズキがすたすたと歩いていくのでヨロヨロついていく。よく言えばレトロ、悪く言えば小汚い感じの喫茶ドレミで、スズキはアイスコーヒーを、私はクリームソーダを注文する。メニュー表がベタついていたのでちょっと不安だったけれど、出されたクリームソーダは輝いていて、緑色の宝石みたいに見える。ぽーっと見惚れていたら、ソーダの向こう側のスズキがマスクを外して切り出す。


「で、なんやっけ?」


「あ、仕事を、探していて……! に肉体労働とかはできないかもなんですけど、なるべく、頑張りますので……!」


 私は背筋をぴんと伸ばして口角を上げて、なるべく普通の人っぽく喋るよう努めた。渋い顔をしてタバコに火をつけるスズキ。これ、私の話が全然響いてないな。なんだかもどかしくなった私は、トラックの中で沙織になにも言っていなかった反動もあって、


「か、柿澤悠弥! て、知ってますか……?」


柿澤悠弥のことをあらいざらいすべて話してしまう。スズキの目の色が変わる。


「柿澤悠弥かぁ……。懐かしいなぁ。昔おったよ、職場に」


「えぇー!?」


 前のめりになった私にスズキが笑う。


「マジマジぃー。一生懸命もくもくと働いてて、意外とええ子やったわぁ。人殺しには見えんかったけどなぁ」


 すごい偶然。目を細めて、懐かしさに浸るような表情を見せるスズキが心底羨ましい。生柿澤悠弥と一緒に働いたことがあったなんて。嘘みたい。




 嘘だった。

 よくわかんないけど多分、雑居ビルのJKソープみたいなところに連れてこられて、汚い控室にぶち込まれた。スズキは、多分スズキって名前も嘘だと思うけど、スズキは、改めて上から下まで私を品定めするように見て、


「ジブンは、そやな……保健室登校の図書委員、ゆー設定にしょーか」


 意外と本質を捉えていたので他人事のように感心してしまう。


「ちょっと色々やらなあかんことあるから、シャワーでも浴びて待っといて」


 てか、私って客観的に見て女としての価値あるんだ。まずそこにびっくり。この通貨使えるのかよ、という新鮮な驚き。でもなるべく使いたくないのですがこの通貨……。ドアを閉めようとするスズキを必死で呼び止める。


「あの……私、こういう仕事は、ムリだと思います!」


「大丈夫!ちゃんとJKに見える!」


「そこじゃなくて……」


 どん。黙れと言わんばかりにスズキはドアを叩いてにやりと笑った。


「楽しみにしとき」


 スズキが出て行ったので、大慌てで沙織にLINEする。



真由香:『JKソープに連れてこられました……』

沙織:『まじで!? 店の名前わかる!?』

真由香:『なんとか学園生徒会……? ごめんなさい、わからない』

沙織:『生徒会!?』

 


 沙織と何往復かやり取りをしてたら、なんと私はウトウトしてしまった。恐るべし、疲労。ドアをけたたましくノックされる音で目が覚める。慌ててリュックからサバイバルナイフを取り出して握った。右手が小刻みに震えてるのが鬱陶しくて、上から左手を被せる。大丈夫だよ、私。悠弥くんがついてる。スズキが帰ってきたら刺してその隙に逃げる。悠弥くん、私もついに人殺しになるのかもしれない。

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