第1話 ホーラの街へようこそ
ここはホーラの街と言うらしい。
人口は10万人、この大陸でも有数の大きな街だそうだ。
俺の名は龍太、山下龍太と言う。
この街には昨日着いたっていうか呼ばれた。
そう、召喚されたのだ。
召喚と言えば、勇者召喚で仲間を集めて魔王と戦うというのが定番なのだが、俺の場合はちょっと違う。
いや、この世界にも魔王は居るらしいし、魔王の復活を目論む悪の秘密結社が、着々と準備を進めているらしいのだが。
でも、俺は勇者じゃない。
勇者は別に居るのだ。
「ゴメン、本当にゴメンなさい。」
そう、今俺の前で土下座して居るのが勇者達彦なのだ。
「ホント、ゴメン。まさか召喚の魔法陣だなんて知らなかったんだ。」
勇者達彦が、この街の領主に召喚されたのは、1ヶ月ほど前のこと。
領内の魔法使いが集められて、勇者召喚の儀が行なわれ、正当な勇者としてチートな能力を持った達彦は召喚された。
そしてこの1ヶ月の間、大勢の魔法使いや騎士達により勇者としての力を付けるための訓練受けていたらしい。
漸く魔法が使える様になった達彦。
嬉しくって毎日毎日、いろんな魔法を使っていたそうだ。
さすがは勇者様。
コツを掴んだ達彦は、その豊富過ぎる魔力と召喚前の愛読書であった異世界ラノベ知識も相まって、僅か数週間で、いっぱしの魔法使いになったようである。
魔法はそれなりに使える様になった達彦だが、剣術の腕前はからっきしのようで、なかなか上達しない。
そして昨日、魔法のようには上手くいかない剣術の訓練が終わり、疲れた身体を引き摺って自分の部屋へと戻って来た。
どうやらインドア派の異世界オタクには、いくらチートな能力があっても身体を動かすのは難しいらしい。
ちなみに、チート能力に神の介在は無い。
元々人間には潜在能力というものがある。
それはこの世界でも地球でも同じこと。
違いは魔素と呼ばれる元素の有無。
濃い魔素は人間の潜在能力を最大限に引き出す。
地球には魔素がほとんど無いため、潜在能力を活かせていないだけなのだ。
這々の体で部屋に戻った達彦は、魔法の書を開く。
人間辛い時は、自分が優越感に浸れるものを望むものだが、達彦の場合はそれが魔法なのだ。
最近は初めて見る魔法陣を起動するのが彼の楽しみらしい。
中級レベルの魔法陣が載った魔法の書を足元に開き、呪文を唱えながら魔力を籠めるのだ。
彼の自室には結界魔法が掛けられており、書棚に並ぶ中級レベルの魔法ではビクともしない様に出来ている。
だからこそ、達彦は自室で自由に魔法陣を展開することが叶うのである。
炎熱の陣、水龍の陣、爆風の陣と、面白い様に起動する魔法は彼にとって苦手な剣術の稽古後の唯一の楽しみなのだ。
そして運命の時がやって来た。
新たな一冊が書棚から抜かれた時、ヒラリと1枚の紙が落ちる。
そこには見たことのない複雑な魔法陣。
既に十数回の魔法陣を展開していた達彦は最後の1枚にその魔法陣を選ぶ。
そして魔力を籠めていく。
いつもの中級レベルならとっくに起動しているはずなのに、どんどん魔力は魔法陣に吸い込まれていく。
そして、遂に魔法陣の輝きが消え、辺りに暗闇が訪れた時、そこには木工教室の教材を持った俺と、魔力を使い切って意識を失った達彦が残されていたのだった。
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