第5話 勝負開始一日目④

『お次は新企画!五分間だけカップルらしいことしましょう?勝負です!』


 スズがコーナーの名前を言った瞬間、いきなりコメント欄の動くスピードが早くなる。


 ・え、、?

 ・公式きちゃ?

 ・???

 ・とりあえずてぇてぇってことは分かったわ。

 ・カプ厨死ぬやつ、?


『みんな驚いたよね!まぁ、とりあえずコーナーの説明だけするね!』


 スズは慌てる様子もなく、ただ淡々とコーナーについて説明していった。


『この企画は名前の通り、スズとアオ先輩が五分間だけカップルらしいことをします!それで片方が照れるか、ギブアップって言ったら勝負が終了します。あ、五分経ったら強制終了で引き分けですけどね!最初の方は簡単なお題だけど、みんなからの反響によってはもっと過激なお題になるかも?!』


 ・キスするんですか。ありがとうございます。

 ・キスルート確定

 ・ハグも良き

 ・はよキスしろ


 さすがに俺もキスまでするとは思っていなかったので、内心驚きつつ、スズにはいつも通りかのように平然と振る舞う。


『この企画で僕たちが本当に付き合うとかはないからみんな安心してね?ね、スズちゃん!』


『─────の───す─』


 スズは小さな声で何かを言ったが、俺には聞き取れなかった。

 何を言ったのか聞こうと思ったら、スズがパンっと手を叩いて音を鳴らした。


『そうですよ〜!スズ、アオ先輩タイプじゃないですし』


『いやそれもそれで失礼だろ!』


『あれっ?もしかしてスズがアオ先輩のこと好きな方が良かったんですかぁ?』


 ニヤニヤとした笑顔を崩さないまま、スズは俺にそう挑発してきた。


 だが、この手に乗っても意味が無いので、俺は急いでコーナーを進行させようとする。


『とりあえず何するのか教えてくれる?』


『確かに言ってませんでしたね!お題は──』


 コメント欄でみんなが何を言われるのか、と考えているように、俺もこいつが何を言い出すか不安でしかなかった。


『お互いのことをと呼んで会話することです!』


『は?』


 俺は予想よりも遥かに簡単なお題に、思わず素の声を出してしまった。


 これなら余裕だ!と俺は心の中でガッツポーズする。


『簡単なお題で内心僕ほっとしてるよ…』


 俺は安心したような声を作ってそう言う。


『まぁ、物は試しです!やってみましょうか』


『そうだね』


 俺がそう言うと、スズがパソコンのマウスをカチカチと操作して、配信画面にタイマーを設置した。


『画面にタイマー設置したので、これで五分測りますね!』


『じゃあそろそろ始めてみる?スズちゃん』


『はい!ではスタート!』


 スズがタイマーの開始ボタンを押した。


 さぁ、勝負スタートだ。



『とりあえず、お互い名前で呼んでみましょうか。ね?


 いつもよりやけに色っぽく俺の名前を呼ぶものだから、不本意に俺の心臓はドクリと音を出す。


 ──だが、ここで表情を出して俺が照れてると悟らせてはいけない!


『そうだね。


 ・もうダメだ俺死ぬ。てぇてぇが過ぎるんだわ

 ・てぇてぇ

 ・何ヶ月この日を待ったことか…

 ・てぇてぇ

 ・てぇてぇ

 ・てぇてぇ


 コメントを打っている人たちのテンションが何故か上がってきた。


 ──いや、お前らは限界カプ厨オタクか。


 内心そう思いつつ、俺はスズの方に目をやると、スズはいつもどおりの顔のままだった。


 正直に言ってしまうと、ここまでいつも通りだと逆に少しムカついてくる。というのが俺の感想だ。


 ──俺が勝てばいいんだよな。スズを照れさせればいいんだ。


『スズってさ、結構可愛いよね』


 あくまでいつものキャラ通りの口調で俺はスズを褒める。

 これなら照れるだろうと、俺はスズの顔をのぞき込んだ。


『ありがとうございますっ!』


 いつも通りの声音で、表情ひとつ変えずにスズは俺に微笑む。


 そして、そのスズの微笑むが何故かどんどん黒いものに変わっていく。


 俺はやってしまった、とすぐに後悔したが、時すでに遅し。

 スズの小悪魔モードのスイッチを完璧に押してしまった。


『スズもずうっと思ってたんですけど、アオくんってカッコイイよねぇ』


 いつもより甘い声で、まるで俺を誘惑でもするかのようにスズは俺を褒め始めた。


『アオくんの爽やかなんだけどちょっと重みのある声、スズだぁいすき♡』


 もう語尾にハートでも付いてるんじゃないかレベルで激甘な、比喩するとしたら、甘い紅茶に更に角砂糖を十粒入れたような声でスズは俺をほめ続ける。


『あと、話し方もすきだなぁ。ちょっとゆっくりなのかわいい』


 ──良くない。色んな意味でこれは良くない。


 俺は直感でそう感じた。


 どうしようかと、逃げるようにコメント欄を見ると尋常ではないペースでコメントが投下されていた。


 ・しぬ

 ・今日が命日だな。同胞たち。

 ・てぇてぇ

 ・スズちゃんきゃわ

 ・てぇてぇ

 ・てぇてぇ

 ・てぇてぇ

 ・小悪魔スズちゃんもいいな、、

 ・てぇてぇ

 ・てぇてぇ


 どうやら、俺たちの視聴者のほぼ百パーセントが俺とスズのカップリング好きなカプ厨だったらしい。


 ──こいつら、俺の気も知らないで…!


 そして、俺の気を知らないのは視聴者だけではない。


『アオくんカッコイイね』


『あ、あとアオくんのお顔も好きなの。みんなに見せられないのが残念。』


『かわいい』


 スズはずっと俺を褒め続ける。


 よくもまぁ俺を照らさせるためだけに、こんな嘘をペラペラと吐けるなと思ってしまうレベルだ。


 俺が色々なことを考えていると、スズがいきなり俺に顔を近づけてきた。


『アオくん、照れちゃった?』


 にやりとした顔を崩さないままスズはそう俺に問いかける。


 ──こいつ確信犯だな。


 さっきから俺の顔がやけに熱い。

 だから、もう俺が照れているということなんて、とっくに分かっているはずだ。


 だけどスズは俺にギブアップと言わせようとしている。


『ねぇ、アオくん本当に可愛いね。食べちゃいたいくらい。』


 耳元でいきなりそう囁かれ、俺の肩がびくりと跳ねる。


 ──この音絶対マイクに入ってないだろ!


 俺の心臓がどくんどくんと毎秒ごとに跳ね上がる。


 ──熱い。熱い。熱い。顔が、心臓が。


『…ぎぶ、あっぷ』


 もう声になるかならないかくらいの大きさで俺はそう口にしていた。


『はい、スズの勝ちですね。アオ先輩っ!』



 はっきりその後はどう配信を終わらせたのか、最後どんなトークをしたかなんて覚えてない。


 ただ嫌になるくらいでかい心臓の音が、ずっと頭に響いていた。


 ──嗚呼、でも今日でこの企画も終わりだ。どうせいつもみたいに人気なんてでないだろ。



 そして、俺が考えていたことが最大のフラグになるなんて、配信が終わった直後は考えてもいなかった。

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