第6話 いつもと同じ夢を見る
ブーブーとスマホから鳴る無機質なバイブ音で俺は目が覚めた。
──休日の朝から何事だ?
眠い目をこすりながら枕の横に置いてあったスマホに手を伸ばし、画面を開くと、ロック画面にずらりと配信サイトからの通知が並んでいた。
恐る恐る配信サイトのアプリアイコンをタップして、通知欄を見ると、それを見て俺は驚愕する。
「は…?」
チャンネル登録者数が一万人程増えていたのだ。
そして、それに比例するかのように、昨日の配信の再生数が十万を超えていた。
本当に何が起こったのか。と俺は慌てて他のSNSを確認すると、すぐにこの異常な現象の正体が分かった。
その原因は、昨日の五分間だけカップルごっこする企画が丁寧に切り抜かれた動画だった。
そしてその動画の再生数は三十万回越え。
この切り抜き動画が投稿されたのが二十一時頃で、今が十一時頃だった。
──二十四時間も経たないうちにこんなに再生されたのかよ。
この状況を一言で表してしまうなら、単純にバズったのだ。
この切り抜きを見た視聴者が、興味本位で俺たちの動画を再生して、チャンネル登録した。
ただそれだけだ。
この切り抜き動画を作ってくれたのは、昔から俺たちの配信を追ってくれている視聴者で、たびたび切り抜き動画を作ってくれていた。
だから、今回もいつものように切り抜き動画を作ろうとしたら、新しい企画が始まったから切り抜いた、というところだろうか。
俺は未だに状況が飲み込めてない頭で、何をするか考えた。
──動画を切り抜いてくれた視聴者にとりあえずDMでお礼しないとだよな…。でも、とりあえず…。
俺は涼香とこの状況について話すために、涼香のスマホに電話をかけた。
『あ、もしもしー?先輩?珍しいですね』
「あぁ俺だ。お前今日SNS見たか?」
『いや、まだ見てないですけど?』
「とりあえず見ろ。」
「えぇ、いきなりだなぁ。まぁ見ますけど」
どちらかと言えばネットに疎い涼香はSNSを頻繁に見るという習慣がないのか、未だに何が起きているか把握していないらしい。
電話越しからカチカチという、キーボードらしき音が聞こえてきた。
そして次に、涼香のうげぇっという謎の声が聞こえてきた。
『通知やっば』
「いやそこじゃないだろ。チャンネル登録者数見てみろよ」
『増えてますね。一万人くらい?…え、一万人?!』
ガタリと机が揺れた音が通話越しに聞こえた後、涼香も自分の期待を上回る数字に驚いたのか、困惑したような声を上げた。
『予想以上に増えちゃいましたね』
「切り抜きがバズったぽいな」
『切り抜きかぁ!確かにすぐ見れるし再生しやすいですよね』
「とりあえずこの前の配信切り抜いてくれた切り抜き師さんにDMしとくよ。」
『そうですね!お願いします!』
俺も電話と並行しながらSNSに目を通していたが、予想以上にあの企画に需要があるらしい。
『あ、でもほら、私の予想通りだったでしょ?先輩』
にやにやとした顔が頭に浮かぶかのような声で涼香は俺にそう言ってきた。
「まぁ確かにそういうの求めてる層が多いって言うのはわかったけど…」
『嫌ですか?あの企画』
涼香にそう言われ俺の心臓がドキリと音を鳴らす。
そう、これが俺が涼香に電話をした一番の理由だ。
この企画を続けるか続けないか。
俺の本音を言ってしまうと、進んでやりたくはないと言うのが本当のところだった。
一回やってみて分かったが、とにかくあれは心臓に悪い。
だが、俺の子供みたいな我儘でこの企画をやめるには、少しもったいないというのも事実だった。
今登録してくれたチャンネル登録者はこの企画を見るためだけにチャンネル登録してくれたに過ぎない。
だから、次の配信でこの企画を無かったことにすれば、チャンネル登録を解除され、また振り出しに戻ってしまう。
「…少し嫌ではあるけど、このチャンスを利用すればこっちに利益があるのも事実だ。俺たちに自分の意思だけで機会を逃す時間はもうない。」
俺が涼香にそう告げると、涼香は電話越しに、ふふっと笑った。
『私は、先輩がやりたいようにすればいいと思いますよ?でも、それが先輩の出した答えなら私はそれを全力で一緒にやる義務がある。』
少し真剣な声音で涼香は俺の言葉にそう返した。
「かっこいいこと言うようになったな。夕日。」
『それ、禁止って言いましたよね?』
そう怒る涼香が何故か面白くて、俺はケラケラと笑い始める。
「はいはい、ごめんごめん」
『もー!約束破ってもらっちゃ困るんですからね?』
「だから悪かったって。」
『分かったならいいですけど…』
「まぁとりあえず、次の配信であの企画はまたやろう。だから言い出しっぺのお前が内容考えとけよ?」
『はーい!任せてくださいっ!』
さっきとは違って明るい声で涼香は俺に返事をした。
「じゃあそろそろ電話切るな。また学校で。」
『はい、じゃあまた〜!』
そう言って、俺たちは電話を切った。
──疲れた。
色々なことが起こりすぎて疲れたので、俺は目を閉じて、少しだけ仮眠を始めた。
※ ※ ※
『碧くん!』
元気のいい可愛らしい声でそう呼ばれて、俺は声のする方へと振り向いた。
そこに立っていたのは、綺麗な黒髪をふたつに結んだ、八歳ほどの小さな女の子だった。
──あぁこれは夢だ。
俺は即座にそう理解した。だが、まるで映像でも流しているかのように、頭の中で小さな女の子の声が響く。
『ねぇ、碧くん!これみて?』
『もー!碧くん!!』
『ゆう、碧くんのこと好きよ?』
何回みたか分からないこの夢の原因は何なのだろうか。
この女の子に恋をしていた訳では無い。だが、脳裏に焼き付くように表情も声も離れてくれない。
だけど思ってしまうのだ、この女の子に恋なんかしなくてよかったと。
恋をするには勿体なすぎる相手だったから。
でも知っている。この女の子が俺を好きだったことぐらい。そして、今も好きなのぐらい。
知っているのにも関わらず、俺は知らないふりをしているのだ。知ったら全てが終わってしまうから。
──だから、ごめん。
何度謝っても足りないかもしれない。
──気づいてないふりしてごめんな。
あいつがあの企画を提案したのだって、なんでか知ってる。
──本当に、ごめん。
さっきからかったのも俺が気づいていないふりするためだ。
そして、俺は少し憂鬱な気分で目を開けた。
もうずっと前から起きていたけど、何となく目を開けたくなかった。
目を開けたら、また嘘をつき続ける生活が始まってしまう気がしてしまったから。
──終わりなんてないのにな。
自嘲気味に俺はそう心の中で呟く。
「ごめんな、夕日」
俺は、いつもすぐ近くにいる少女にまた謝った。
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毎週土曜日に必ず更新予定です。(時間に余裕がある時はそれ以外の曜日にも投稿するかもしれないです)
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