第3話 勝負開始一日目②
廊下の奥の、さらに奥側にあるひとつの教室のドアに俺はいつも通り手をかけた。
そして、ガチャりという音と共にドアを開くと、そこにはいつも通りの部室と、今一番会いたくない女の姿があった。
「あ!先輩遅いですよ!!」
涼香は座っていたソファからがばっと立ち上がり、俺に近づいてくる。
「悪かった。ちょっと話してたら遅くなったんだ」
「まぁ言い訳は無視するとして、今日の配信の流れ書いたので、軽く目通しといてください。」
丸っこいが整えられた文字が書かれた紙を俺に押し付けるように渡して、涼香はパソコンの前で配信を始める準備を始めた。
「ありがとな」
「どういたしまして」
遅刻してきたことに腹を立てているのか、いつもより少し素っ気ない返事をされる。
だが、そんなのを気にしている時間は俺にはなかった。
もう配信を開始する時間まで、二十分もない。
急いで俺は涼香から貰った紙に目を通す。
─────────────────────
【△月○日:今日の配信の流れ】
・始めの挨拶
・軽く雑談
・お便り読み(恒例企画)
・ねぇねぇ、教えて?先輩!(恒例企画)
・スズの今日のデザート(恒例企画)
・五分間だけカップルらしいことしましょう?勝負です!(仮企画)
・終わりの挨拶
注意事項!
キャラを壊すな
─────────────────────
俺たちはいつもラジオ風の配信をしているため、お便りを読みつつ、小さな企画を何個かやるという配信の構成になっている。
前半の企画はいつも通りの配信の企画だ。
だが、この企画達の中でも異質を放っているものが一つだけあった。
『五分間だけカップルらしいことしましょう?勝負です!』
──夢じゃなかったのかよ!
もしかしたら、と思っていた淡い期待は簡単に砕かれてしまった。
でも何かを新しく考える時間もなければ、俺たちが何もせずにただいつも通り配信している余裕もなかった。
「…一か八かに賭けるか」
「先輩何か言いましたかー?」
きょとんとした顔で振り返る後輩のすぐ横の椅子に俺は腰をかける。
「やってやるよ、カップルごっこ。」
「やっとやる気になりましたか?」
にやにやとした顔で涼香は俺にそう問いかける。
だがその言葉を無視するかのように、俺は話しを続ける。
「後悔しても知らないからな?スズちゃん。」
俺は大きめの机の上に置いてあるヘッドフォンを付けて、パソコンと俺と涼香のちょうど真ん中にあるマイクを繋いだ。
そして配信開始ボタンを押して、いつものopムービーを流し始めた。
「後悔なんてしませんよ。アオ先輩。」
涼香もヘッドフォンを付けて、俺に対抗するかのようにそう言い放つ。
まだ俺たちの声はマイクに拾われてない。
いつも通り深呼吸してから、俺たちは配信を始めた。
※ ※ ※
『みんなやっほー!!スズだよ!』
涼香夕日の時よりも、ワントーン高い声でスズはいつもの挨拶をする。
スズは配信の中だと、いわゆる元気のいい少し生意気な後輩キャラを演じている。
だが、俺からしたら少し声のトーンを上げているだけで、あまりいつもと変わらない気はするのだが…。
『皆さんこんにちは!アオです!』
俺はスズとは比べものにならないくらい声のトーンを上げて、いつもより明るい声音で挨拶する。
多分俺とそこまで親しくない人は、天宮碧とアオが同一人物だということを、言われなければ気づかないんじゃないだろうか。
それ程までに、俺はアオというキャラクターを徹底的に演じているのだ。
俺たちが挨拶すると次々とコメントが流れてきた。
・こんにちは
・スズちゃんやっほー!!
・二人ともこんにちわ!
・初見です
いつも見かけるアイコンもあれば、初めて見るアイコンもあった。
──コメント見てる時が一番、自分が配信してるって実感するんだよなぁ。
『今日もたくさんコメントありがとぉ!スズめちゃくちゃ嬉しいよ〜!』
『うん。本当にみんないつもありがとう。ぼくたちの配信をする原動力になってるよ!』
・いくらでもコメントするよ♡
・二人ともいい声すぎる!
・学校終わったから見てるよー
・スズちゃん今日もカワイイネ
・アオくん今日も王子様過ぎない?!
また流れてくるコメントを見て心の底から感謝しながら、俺とスズは軽い雑談を繰り広げていく。
『あ、てかみんな聞いてよー!!この前アオ先輩がスズのお菓子勝手に食べちゃったんだよ!?』
『いやあれはスズちゃんが机の上に置きっぱにするから…』
『言い訳は聞きたくないですー!あれ季節限定のやつだったのにぃー!』
『え、それはマジでごめん』
・草
・草
・草
・アオガチトーンで笑う
・草
・季節限定は確かにショックだわ、、
俺とスズがそんな会話をしていると、すぐにコメント欄が『草』という文字で埋まった。
『みんな草生やしすぎ!草原になっちゃうよ?!』
『アオ先輩、つまんないっすよ』
『えぇ!?スズちゃん酷くない???』
そんなギャグを織り交ぜながら、テンポよくスズと会話していく。
コメント欄の反応もいいし、このまま行けばいつも通り順調に配信が進んでいくだろう。
そして、配信は次のコーナーへと進んで行く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます