第五話 いざ王城へ④

 黒の塔にやってきたかと思えば、またすぐに表に出ることになった。

 今度は、二十名ほどの老若男女も一緒に。

 クノンは見えないが、感じられる魔力から、なんとなく男女の区別と年齢の違いがわかる。

 老いている方が魔力がまとまっているというか、広がりがあまりない感じだ。

 きっと年齢とともに魔力制御の技術も向上しているからだろう。正確には、魔術の訓練の量に比例して、か。

 王宮魔術師なら、日々の訓練も研鑽も研究も、決して欠かさないだろう。

 魔力の違いは、そのまま魔術師としての差である。

 誰も彼もが、クノンからしたらベテランであり、また多くの知識を持つ、ヒューグリア王国の魔術史の開拓者たちなのである。

 そんな人たちが、無駄話もしないでクノンに集中している。

 嫌でも視線を感じるのだ。強い関心の感情とともに。

 クノンの目が見えないことも、クノンが子供であることも、彼らには一切関係ないのだろう。ただ己が知らない魔術をこれから見られる。だからクノンに注目しているだけだ。

 クノンは緊張と同時に、興奮もしていた。

 きっとここにいる魔術師の誰が師になっても、クノンを深き魔術の領域に導いてくれることだろう。


「――では始めようか」


 そんな王宮魔術師を束ねるロンディモンド総監が、テスト開始を告げる。

 よろしくお願いします、とクノンは頭を下げた。


「まずクノン君。君の使える魔術はいくつかな?」

「二つです」


 少ないと言われそうだが、クノンは正直に答えた。見栄を張ったところで、どうしたって二つしか使えないのは変わらない。

 だが、誰もなんの反応も示さなかった。

 嘲るでもないし、落胆するでもない。

 何も変わらず、クノンを見ている。


「結構。君の師だったというジェニエ・コースは、君の父上の言いつけを守ったのだね」

「はい。父はまだ、僕に攻撃に使えるような魔術を覚えさせるのは早いと判断しました」

「ちなみに君は、その判断をどう思うかね?」

「妥当だと思いました。知ればどうしても色々試したくなります。その過程で人や動物を傷つけることもあったかもしれない。

 僕が言うのもなんですが、攻撃性の高い魔術は、子供には過ぎたオモチャだと思います。もっと魔術や魔力の理解が深まってからの方がいいです」

「なるほど」


 これらの質問もテストの内なのかはわからない。返答に対するロンディモンドの口調も態度も変わらないので、好感触かどうかもわからない。

 クノンはやや不安である。


「二つと言うのは、『水球ア・オリ』と『洗泡ア・ルブ』かな?」

「はい」


 水を生み出す「水球ア・オリ」。

 水の泡を生み出し汚れを落とす「洗泡ア・ルブ」。

 それが、クノンが使える二つの水の魔術だ。

 ただし、「水球ア・オリ」の特性変化で「洗泡ア・ルブ」と同じ見た目、同じ効果のある魔術が再現できるので、後者はあまり使わなくなったが。


「ビクト君。『水球ア・オリ』を使ってみてくれるかい?」

「はい」


 ロンディモンドに呼ばれた若き男性魔術師は、指示に従い「水球ア・オリ」を唱えた。

 と――周囲に三十以上の「水球」が発生し、浮かぶ。


「クノン君。この『水球』を『水球ア・オリ』で奪えるかね?」

「……!」


 驚いた。

 誰かの魔術を奪う――そんな発想は今までしたこともなかったから。

水球ア・オリ」は水を生み出し操作する魔術であるが、実はもう一つ、違う使い方ができる。

 それは、現存する水を使った「水球ア・オリ」だ。

 この場合は、そこにある水を操作するだけで、新たに生み出すことはない。特性である「生み出し操作する」の「操作する」だけの効果しかない。

 同じように思えるかもしれないが、実際は全然違う効果である。

 しかしジェニエは、こちらも同じくらい魔力を使用するので、こちらを使う機会はあまりないと言っていた。

 クノンもそう思っていたが、盲点だった。

「そこにある水を使う」とは、水の魔術師が生み出した水も対象になるようだ。

 目から鱗が落ちそうだった。

 クノンが考えもしなかったことが、こんなにも簡単にポロッと出るのか、と。

 ――俄然やる気が湧いてきた。

 このまま帰ってもこれまでに得たものだけで満足できそうだが、クノンの知識欲が騒いでいる。

 ぜひともテストを通過し、王宮魔術師と癒着したい、と。



「そこまで」


 ロンディモンドの声が掛かると、クノンは膝をついた。

 久しぶりに、必死で、全力で魔術を使って、息が切れている。


「いいじゃないか、クノン君。君いいな」


 と、ロンディモンドはクノンを褒め称えるが――クノン自身は納得していない。

 魔術師ビクトから生まれた「水球」は三十以上。

 その内、クノンが操作を奪えた数は、たったの二つだ。

 必死でやって、やっと二つ。

 水は操作できてあたりまえだったが、「抵抗する水」なんて初めてである。かなり苦戦した。全然思い通りにならなかった。

 やはり王宮魔術師の実力は、クノンよりはるか上ということだ。


「どうだったビクト君」

「驚きました。一つでも奪われるなんて思いませんでしたよ。俺の小さい頃なんて制御にひどく苦労してましたし。――その子俺にくれます?」

「ふざけんなバカ」

「ふざけるなよバカおまえ。バカが」

「フラレ男が」

「おまえが誰の面倒見られるんだよ。自分の面倒も見れないくせに」


 クノンの相手をしたビクトという男の魔術師は、同僚にボロカスに責められた。「女にフラれたのは関係ないだろ」と憤慨するが焼け石に水で更にボロカスに責められた。


「はっはっはっ。というわけで皆欲しいそうだ。誰がこの子を貰うかはゆっくり話し合おうではないか」


 クノンは跪いて両手をついたまま、顔を上げた。


「もしかしてテストは合格ですか?」


 今確実に己の所有権を話し合っていた。特にロンディモンドの発言は決定的だった。

 結果に不本意ではあるが、癒着できるなら問題ない。――魔術師ビクトは必ずいつか追い越すから、今は負けておいてもいいことにする。


「いやいや。せっかくだからもう少しやろうではないか」


 …………。

 なんとなく、テストはもう合格しているような感じに思えるが。

 でも、まだ続行するらしい。

 ――不満はない。

 このまま終わっては、ビクトにしてやられただけである。せっかくの機会なのだし、クノンだって少しくらいはいいところを見せたい。

 クノンは気合いを入れ直して、次のテストに挑む――

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