第五話 いざ王城へ③

「「すみませんでした」」


 調子に乗って滑りまくっていたら、兵士と騎士が動員されるという大騒ぎになってしまった。

 小動物と同じ習性が人間にもあるのか、追われたせいでついつい衝動的に逃げてしまったのも、騒動が広まる原因になってしまった。

 最終的には騎士に捕まって厳重注意を受けるという、不名誉を賜ることになった。

 ――クノンが王城にやってきてすぐに起こったこの「廊下大滑り事件」は、長く長く語られ続ける珍事となる。


「……さて。気を取り直していきましょうか」


 レーシャとクノンは、捕まった騎士に説教された後、王城から放り出される形で解放された。

 まあ、少々我を忘れてはしゃいでしまった感はあるが、これで本来の目的に戻れると思えばいいだろう。


「騎士ってすごいんですね。あの速度に余裕で追いつくなんて。僕が出せる最高速度だったのに」

「ね! あの人おかしいよね! あの速度をっ……いや、クノン。もういいから行きましょう」


 新しい魔術は思いのほか興味深かった。

 レーシャは未だ興奮冷めやらぬ内心を隠し、とにかくまずは黒の塔へ、王宮魔術師の職場へとクノンを連れていくことにした。

 王宮魔術師のほとんどが、魔術に魅せられた者ばかりだ。

 今レーシャが感じている興奮を理解し、共有できる者がたくさんいることだろう。

 そんな者たちばかりなだけに、王城で騒ぎを起こしたことより、クノンの到着が遅れたことの方に怒り出しそうだ。



「――ようこそ、クノン・グリオン君。私が王宮魔術師総監ロンディモンドだ。王宮魔術師の総責任者だよ」


 声からして父親より年上、初老辺りだろうか。


「は、初めまして。ロンディモンド総監。クノン・グリオンです」


 黒の塔にやってきた。

 まずは、まっすぐ総監室まで通された。恐らく執務室のような場所なのだろう。

 椅子に座り、向かいにいるのが、ロンディモンド総監。

 そしてクノンの隣にはレーシャがいる。

 クノンはドキドキしていた。黒の塔に入ってからずっと緊張し、また興奮もしていた。

 ここで会う人たちのせいだ。

 会う人会う人、皆、濃度の高い魔力をまとっているからである。

 家庭教師のジェニエしか魔術師を知らなかったクノンにとっては、ここに来ただけで、すでに貴重な体験となっていた。

 ジェニエとはまるで違う。

 感じられる魔力が、全然違う。

 特にこのロンディモンドは別格だ。

 レーシャの魔力もジェニエとは違うと思ったが、まだ想像の範囲内だった。

 この人は違う。

 想像していたより、もっともっとすごい、もしかしたら文献に残る伝説の魔術師とはこういう人なんじゃないかと思えるほどに、別格で違う。


「あの、本日は僕の我儘で時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」

「気にしないでくれ。君が会いたいんじゃなくて、私たちが君に会いたくなったんだ。許されるものなら私たちから君の家に会いに行きたかったよ」


 恐縮である。

 低い声のせいか、それとも感じる魔力で圧倒されているせいか、ロンディモンドの威圧感に押さえつけられているかのようだ。


「君は水の紋章があるそうだね。どこにあるんだい?」

「左肩です」

「ふむ――なるほど、やはり二ツ星か」

「二つ……星?」

「魔術学校に行くと習うんだがね。

 魔術師の持つ紋章には、五つのランクがある」


 クノンは眼帯の下で目を見張った。

 魔術師なら普通は知っていることなのだろう――だがまだ見習いに等しいクノンには初耳である。


「七つじゃないんですか?」


 火、水、土、風、光、闇、魔。

 クノンが知っている七種類の紋章は、そのまま七種類の属性に分かれる。

 クノンは水だ。水で良かったと思っている。


「それも間違いではないんだがね。それは系統と言って、基本的に七種類の紋章が確認されているが、その七つの中でそれぞれ五つにランク付けされる。そんな感じだね」


 つまり、魔術師の紋章は厳密にいうと三十五種あるということだ。


「僕は二ツ星なんですか? 聞く限りでは、下から二番目でしょうか?」

「私が見た限りではね。統計では最も多いのは二ツ星だよ。まあ、魔術師の格としては普通ということになるのかな。レーシャ君も二ツ星だよ」

「格とは? 星が違うと何か違うんですか?」

「具体的にこれというものはないんだ。ランクは才能とは関係ないから、はっきり違うのは魔力の総量くらいかな。明確に言える差異はそれくらいだろう。もっとも、紋章や魔力についての研究が進めば、ほかにも違う点もあるかもしれないがね」


 クノンはなるほどと頷いた。

 魔力の総力が違うくらいなら、特に問題はなさそうだ。

 とんでもなく才能の差が出る、魔術師としての差になる、と言われたら落ち込んでいたかもしれないが。

 そうじゃないなら、それでいい。


「ロンディモンド総監は、三ツ星ですか?」

「フフッ。わかるかね?」

「感じる魔力の濃度が全然違います。別物なんじゃないかというくらいに」

「濃度か。面白い表現だ」

「僕やレーシャ様が市販のチーズなら、総監はこだわって作ったブルーチーズみたいに違います」

「臭そうなたとえだね。ブルーチーズは嫌いじゃないが」

「ブルーチーズ総監は三ツ星なんですか?」

「はっはっはっ。今度そう呼んだら怒るよ?」


 ロンディモンドは笑い飛ばして、「私は四ツ星なんだよ」と答えた。


「はあ、四つ……」

「……あれ? 驚かないね」


 ロンディモンドが持つ鉄板の驚く話なのだが、クノンはピンと来ていない。


「総監、彼は四ツ星がどれくらい珍しいか知りませんから」


 レーシャが言うと、ロンディモンドは「ああそうか」と頷く。


「うん、そうだったね。クノン君はまだ魔術学校で学ぶことを習っていないんだったね。

 四ツ星は……まあいずれわかるからいいか」


 ――四ツ星は、実質現存する魔術師の最高ランクである。確認されているのは世界で六人だけ。五ツ星の紋章に限っては過去の記録にしか残っていない。

 クノンがこれを知るのは、まだ先の話である。


「その二ツ星とか四ツ星とかは、魔術学校で習うんですか?」

「そうだよ。ここだけの話、魔術関係の本の著者は九割以上が魔術学校に関わっているから、示し合わせて特定の情報が伏せられていることがあるんだ。星の数によるランク分けとか紅の魔術師とか蒼の魔術師とか。特定の固有魔術を持つ者もいる。今で言う勇者や聖女といった者たちだね」

「その、紅の魔術師とか蒼の魔術師というのは?」

「世界一の魔女が直々に認めた者の称号かな。詳しくは魔術学校に行って自分で調べるといい。

 話を戻すが――簡単に言うと、本だけでは教材としては足りないということだよ。まあ、まだ九歳の君が知らなくてもいいこと、とも言えるがね」


 魔術学校に入学できる最低年齢は、十二歳だ。

 要は時期尚早ということである。

 世界一の魔女は知っているが、それ以外はほとんど知らないことばかりだ。しかし気にはなるが、ロンディモンドの言葉に従い、それ以上は触れないことにした。


「それじゃクノン君、そろそろいいかね?」

「はい?」

「テストだよ。私たちは君に興味津々だ。そろそろ君の魔術を見せてほしい」


 そうだった。

 ロンディモンドの魔力に圧倒されていたが、クノンは魔術の師を求めてここへやって来たのだ。

 紋章の新事実や、感じられる魔力だけで満足してしまっていたが、本題はこれからだ。


「総監、彼すごいですよ。すでにすごいです」

「お、ずるいなレーシャ君。先に何か見たのかい?」

「見たどころか体験しました」

「ますますずるいね。それに体験か。何を体験したか実に興味深い」


 ロンディモンドが立ち上がった。


「さあレーシャ君、楽しい時間の始まりだよ。クノン君のテストを開始することを皆に伝えてきたまえ」

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