第五話 いざ王城へ②

「クノン。足元は大丈夫?」


 歩くのに手伝いがいるかと思えばそうでもなく、クノンは平然とレーシャの横を歩いて付いてくる。


「問題ありません。小石と段差に弱いですが、平面なら平気です。屋内なら尚更です」


 アーソンとは違うルートを通るが、クノンたちも一旦王城内へと入った。

 黒の塔は王城から離れたところにある。だが、さっきの場所からだと城を迂回する形で大きく遠回りしなければならないため、中を抜けた方が早いそうだ。


「そう。なら歩きながらでいいから聞いてくれる?」

「魔術師の神髄を? 早速教えてくれるんですか?」

「あー……私はまだまだ新人だから、神髄なんてとても教えられないわね」

「じゃあ重奏魔術の新解釈を? あっ、もしや旧解釈を新解釈に応用する方法を!? まさか立体魔法陣と斜角魔法陣の新説を!? すごい! さすがレーシャ様だ!」


 子供とは思えないほど高度なことを言っている。

 この時点で、まだ魔術学校にも行っていない子が、王宮魔術師を師にと乞う理由がよくわかった。

 そして、どれだけの意気込みと熱意があってここに来たかも、だいたい伝わった。

 あとは熟達のお歴々に気に入られる程度の実力があるかどうかだが――その前にだ。


「ごめんね。魔術師関係の話じゃないのよ」

「……あ、はい」


 露骨にがっかりされた。

 わかっている。レーシャもちゃんとわかっている。

 自分だってこんなつまらない話ではなく、魔術の話をとことんしたい。煩わされることなく魔術の研究ばかりしていたい。クノンの持つオリジナリティ溢れる魔術を全て知りたい。聞き出したくてうずうずしている。

 だが、どうしても先に話さなくてはならない。


「ミリカに頼まれたのよ。君のこと」

「ミリカ殿下に?」


 露骨に興味を示された。

 許嫁同士、仲が良さそうで大変結構である。


「君は全然興味ないと思うけど、それでも憶えておいてね。

 ヒューグリアはどの代でも後継者争いが起こるの。今現在も起こっている最中なのよ」


 今、国王の子供たちは十七人。

 女子率が高いようで、王子は七人、王女は十人いる。

 その内、魔術師として覚醒したのは三人。

 第二王女と第三王女、第四王子だ。

 しかし第二王女レーシャは魔術師として生きることを決めたので、王位継承権を放棄している。その上で王宮魔術師として働いているのだ。

 王籍こそ残っているが、後継者争いとは無縁の存在となっている。

 問題は、第三王女と第四王子だ。


「君も知っていると思うけど、王太子は第一王子と決まっているの。でも油断はできない。ヒューグリア王国の王位継承は実力主義の面が強いから、実績と功績によっては王太子……次の国王候補が入れ替わることもよくあるの。

 もう率直に言うけど、次の玉座を狙う王子や王女は、優秀な魔術師を味方にしたいの。実績と功績のためにね。

 ミリカは、君がそういうのに巻き込まれるのを心配して――何それ今のそれ何!?」


 つまらない面倒な説明をしながら、黙って聞いているクノンをふと見ると――すーっと移動していた。

 今のはなんだ。

 歩いていなかった。

 今絶対に歩いていなかった。

 歩かずにすーっと移動していた。


「え?」

「何きょとんとしてるの!? 見てたから! ――あっそれ! それよ!」


 やはりすーっと移動している。氷上を滑るかのように移動している。


「あ、これ? 氷のそりを付けた『水球ア・オリ』の上に乗っています。靴の裏にうすーく延ばして」


 理屈を聞いてもよくわからない。


「ちょっと浮かせるのがコツです。全体重を掛けると摩擦が生じて、上手く滑らないので」


 理屈がわからないのにコツを話されてもわかるわけがない。


「レーシャ様も滑ってみます? 面白いですよ。楽だし。僕も美しいあなたと一緒に滑りたいし」

「やる! ――いや待って! 話が先なのよ!」


 レーシャも魔術師である。

 見たことも聞いたこともない魔術を見せられて、興味を抱かないわけがない。むしろもう興味津々だ。興味しかない。つまらない王位継承権みうちの話なんてどうでもいい。

 さっきの水の猫といい、今すーっと滑っているのといい、すでにクノンはレーシャの興味と関心を強く惹いている。

 だが、だからこそ、だからこそだ。


「もう話をまとめるわ! とにかく迂闊にどこかの派閥や陣営に属さないでね! できるだけ私が一緒にいてガードはするけど、もしもの時は言動に気を付けて! 言質を取られると面倒だし、書類へのサインも駄目よ! ね、わかった!? わかったよね!? じゃあ私も滑らせて!」


 新しい魔術を体験できるとあって少々雑な早口になったが、レーシャはミリカに頼まれた警告の任を果たした。

 結局、レーシャが付きっきりで野心家たちの接触から、クノンを守ればいいのだ。ただそれだけだ。なんの話が必要なのか。

 それより新しい魔術だ。

 今はそっちが最優先だ。

 ――昼頃には、王城の廊下をシャーッと滑る王宮魔術師と子供の姿と、それを追いかける兵士と騎士の騒動が、王城中で話題になっていた。

 話を聞いたアーソンが頭を抱えたのは言うまでもない。

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