第四話 次はどうする①

「行っちゃいましたねぇ」

「そうだね」


 辞めそうだなぁ、と思っていた家庭教師ジェニエが、本当に辞めてしまった。

 クノンとしては悲しいばかりだが、何度も前兆があっただけに、覚悟はできていた。

 いつかこんな日が来るかもしれない、と。


「仕方なかったかもしれませんね」


 さすがに、グリオン家に関わる辞める辞めないの大事な話なので、普段は無遠慮な侍女も何も言わなかった。

 何も言わず、プライドを捨てて真実を語るジェニエと、それを引き留めるクノンの様子を、見守るばかりだった。

 そうしてジェニエは去り、離れの庭にはクノンと侍女、そしてクノンが魔術で出した数々の水の動物が佇むだけとなった。


「元々ジェニエ様は、魔術師として覚醒したばかりのクノン様には丁度いい魔術師だった、と聞いています。魔術学校の成績では、中くらいの方だったとか」

「らしいね」


 つまり、魔術師としては平々凡々とした実力しかなかったということだ。

 初心者になら教えられるが、それ以上の相手に教えるとなると、厳しかったのだろう。

 クノンの魔術が成長するにつれ、無理しているっぽい言動が多くなっていった。


「でも、僕はそれでもジェニエ先生が良かったけどね」

「あれって本心だったんですか? ジェニエ様の小細工が好き、って」

「本心だよ。間違いなく僕の本心だ」


 クノンは、見えない目で周囲の水の動物たちを見回す。


「そもそもね、無理やりでも課題を捻出できる小細工を一年以上も続けられるなら、それはもう実力だと思うよ。

 普通に教わることなら本でも学べそうだし、他の教師でもできるからね。でもあの無茶な授業のやり方はジェニエ先生にしかできないんじゃないかな。

 僕には向いていたと思う。本当に本心だよ。あれは発想力っていう一種の才能だと思うよ」


 一年以上、ああでもないこうでもないと、ジェニエの小細工を踏襲して魔術に触れてきた。きっとできなくてもいいことまでやってきたのだと思う。

 おかげで、異様なまでに器用なことができるようになった。

 普通のやり方では、クノンの望みはきっと叶えられない。

 だからこそ、普通はやらないのであろう変わったことをやり続けたこの二年は、とても貴重な時間だったのだと思う。

 無駄だなんて少しも思わない。

 ただ――


「でも小細工って褒め言葉にならないんだね。引き留めたくて焦って何度も言っちゃった。僕はそこがジェニエ先生の一番すごいところだと思っていたんだけど」

「まあ、聞こえはあまりよくないかと。今後はお控えください」


 最後の捨て台詞では完全に怒っていた。

 怒らせるつもりはなかったのに。


「何にしても寂しくなるなぁ。惜しい人をなくした」

「その言い方だと死んだみたいですね」


 気心の知れた人がいなくなる。それがただただ寂しい。


「そういえばイコ、フラーラ先生も辞めるんだよね?」

「辞めるというか、もう辞めていますよ」

「え? 挨拶してないのに?」

「近い内に旦那様から聞くと思いますけど、あえて私が先に言いますね。

 フラーラ様は、クノン様に会って別れを告げると泣きそうだからと、旦那様に話を通したそうですよ」


 フラーラ・ガーデン男爵夫人は、貴族学校で学ぶことを教えてくれていた家庭教師だ。

 しかし先日、クノンは貴族学校の昇級試験を受けて卒業してしまったので、もう座学は必要なくなった。

 才女である彼女は、上級貴族学校の授業もできるそうだが、グリオン家を継がないクノンにはそっちの授業は必要ない。


「そうかぁ。これまでのお礼の手紙でも出そうかな」

「喜ぶと思いますよ。ついでにガーデン男爵家に十八歳から二十五歳くらいの高給取りで背が高くて見目のいい男の使用人がいないか聞いてみてくれませんか?」

「イコの結婚相手?」

「はい」

「僕を捨てて男爵家の使用人に嫁ぐの?」

「クノン様と別れるのはつらいですけどね。でも結婚はしたいんです。それにクノン様はもう一人でもやっていけるじゃないですか」

「やっていけないよ。ジェニエ先生もフラーラ先生も辞めて、この上イコまでいなくなったら耐えられないよ。知ってる? ウサギって寂しいと死ぬっていう迷信があるんだって」

「迷信なら大丈夫ですね」

「そうだね。僕がウサギだったら寂しくても迷信で死なないのになぁ。でも僕は僕だから寂しいと死ぬんだよなぁ」

「アッハハー面白い冗談! そろそろお茶にしましょう」

「うん」

「手紙に書いてくださいね、私の未来の旦那様のこと」

「それはやだ」

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