第二話 色付く世界③
馬車に揺られながら、流れる街並みを眺める。
もう何度も見てきた景色だ。
何度も見てきて、どんどん気が重くなる景色だ。
「はあ……」
気が重い。
きっとクノンも気が重いだろうな、と思いながら、ミリカは深い溜息を吐く。
ミリカ・ヒューグリア。
ヒューグリア王国の第九王女で、現在九歳。
現国王レオロレンの娘である。一応。子供の数が多いだけに大した肩書きでもないが。
そんなミリカは、今、婚約者の家へと向かっている最中である。
「英雄の傷跡」を持つクノン・グリオンが魔術師として覚醒した。ミリカは、その際に彼に宛がわれたのだ。
言わば、わかりやすい王家との繋がりである。
魔術師は貴重だ。
戦場であれ平時であれ、優秀な魔術師は国の発展と防衛に欠かせない存在である。
ミリカは、クノンを力のある貴族や他国へ渡さないための鎖であり、首輪なのだ。
――それはまあいい。
ミリカもクノンも貴族の子だ、政略結婚は免れない。それが支配階級の義務である。
ただ、問題は。
「……はあ」
ミリカは、クノンの顔を見るのがつらい。
初めて会った時からつらかった。
会えば会うほどつらくなり、気が重くなる。いや、最近は気どころか胃まで重くなってきた気がする。
通っている貴族学校でいろんな子を見た。クノンほど無口で後ろ向きで、生気がなくて、いつ見ても暗い顔をしている子なんて一人もいない。
話題も見つからない。
クノンは自分から話を振ることなどほとんどないし、ミリカは自分が振る話題は九割以上が「見えること」が前提だと気づいた瞬間に、何も言えなくなった。劇も本も学校での話も、見えなければわからないことばかりだ。
正直、会うのがつらい。
恐らくは、ミリカと過ごす時間は、クノンにとっても苦痛であるはずだ。
お互い、ほんの少しでも好かれているなんて、微塵も思えないのだから。
だが会うのは義務だから、避けられない。
「……はぁ……」
これからクノンと一生一緒にいると考えたら。
将来、あの顔を、あの暗く生気のない顔を一生見続けるのだと考えたら――
彼から逃げてしまった。
侍女がはずれる庭の散歩の時、クノンの傍から離れてしまった。
一緒にいたくなくて。
そして、一度逃げたら、逃げ癖が付いてしまった。
自分にとってもクノンにとってもよくないとわかっているのに、それでも、どうしても傍にいることができなくなった。
どうせ傍から離れても、放置したクノンが心配で、自分の目が届かない場所までは行けないのに。本当に無駄で半端な逃避行為だと思っている。
ここ二ヵ月ほどは、クノンの体調不良……恐らくは仮病で会えなかったが。
だが、そんなのいつまでも続けられるものではない。
グリオン家が見えてきた。
ミリカの溜息は止まらない。
「お久しぶりです、ミリカ殿下」
そんな二ヵ月ぶりに会ったクノンに、ミリカは目を見張った。
本館の前で、見慣れた侍女と待っていたクノンは、二ヵ月前のあの子とはまるで違って見えた。
「僕の体調不良でしばらく会えなくなってしまい、申し訳ありませんでした」
「は、はい……え? クノン君……?」
「はい?」
もしかしたら別人かと思い名を呼べば、目の前のクノンが応える。
そうだ。間違いなく、この子がクノンだ。
――顔が明るい。
身体も少し逞しくなった気がする。何より顔が明るい。俯きがちだったのに顔が明るい。何がどう変わったと明確に言えないが絶対に顔が明るくなった。一瞬化粧でもしているのかと思ったくらい明るい。化粧品は何を使ってるのか知りたいくらい明るい。
なんだ。
この二ヵ月で何があった。
ちらっと彼の後ろに立つ侍女を見る――最早クノンとは間が持たないミリカは、クノン付きのこの侍女に助けを求めるようになった。
彼女も心得たもので、ミリカの視線を察知して言った。
「ミリカ王女殿下は今日も可愛いですね! もし私が巨漢のヒゲ面の中年男性だったら絶対に放っておきませんよ! どこまでも追いかけちゃう!」
――違うそこじゃない! あとたとえがなんだか怖い!
「あの、クノン君は、この二ヵ月で何かありました?」
埒が明かないのでクノンに直接聞いてみた。若干ミリカを見る侍女の目が怖くなったというのもある。どういうつもりで己を見ているのか知るのが怖い。
「魔術です」
「は、はい?」
「魔術が好きになりました」
「……は、はあ」
よくわからないが、クノンは嬉しそうだ。
だからきっといいことなのだろう。
何より――やはり顔が明るい。
「殿下、いつも気を遣わせてしまってすみませんでした。今日は僕の話を聞いてください」
「は……はい」
二ヵ月前とはまるで違うクノンの様子に、ミリカは戸惑っていた。
だが、戸惑っていたのも、その時だけだった。
クノンが語り、見せてくれた魔術は、ミリカにとっても面白かった。
いろんな味に変わる水。
水を細かく分解し霧にして、陽光と合わさり作られる虹。
スライム状にまとまり、指先でつまめる不思議な水、など。
どれもこれも面白くて興味深かった。
気が付けば陽が暮れていて、王城に帰る時間になっていた。
クノンと過ごした時間が苦痛じゃなかったのは、初めてだった。
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