18´・2大団円《2月》
翌早朝、コルネリオのテントを訪れるとビアッジョもいて、朝から酒が用意されていた。
親友は俺を見るなり
「よし、祝杯だ」
と酒をグラスに注ぎ、ビアッジョと俺に渡した。
「アルトゥーロが死を回避できたことと、めでたくヴァレリーと結ばれたことを祝して」
乾杯をして酒を飲み干す。
「だがな、アルトゥーロ」と親友。「まだ気は抜くな。他の要因がないとは限らない」
「分かっている」
そもそもエレナを殺したのはトビアではないし、時期もひと月弱、早い。用心を怠る気はない。
「ヴァレリーはひとりか?」
「クレトと朝食に行った」
「またクレト! 帰ったらお前がボーナスをあげてやれ」とビアッジョ。
「そのつもりだ」
「全く。私の従卒を番犬代わりにするのだから、困ったものだ」
「クラリーに惚れているクレトが一番安全なのだから、仕方ない」
安全ねえ、とふたりが笑う。
「まあクレトも、お前に信用されていることが嬉しいと言っているから、許してやろう」
「前回、クレトはヴァレリー狙いだったんだぞ」とコルネリオが言う。
「そうなのですか?」
「オリヴィアの話では、三角関係にアルトゥーロは見るも哀れにうちひしがれていた、と」
「おい、待て。そんな覚えはない」
「だがエレナの葬儀のときに、そう聞いた」
「エレナって誰ですか?」とビアッジョが口を挟む。
「話していなかったか? ヴァレリーは前回、エレナという偽名を使っていた」
なるほどと得心したビアッジョは、俺に、ヴァレリーが名前を呼んでもらえないと悩んでいたと教えてくれた。
「聞いた。謝った」
「ヴァレリーとはきちんと話ができたのだな?」とビアッジョ。「昨日、あれこれと彼女の相談を受けたのだ」
「相談?」
「小言があると言っただろう?」
そういえば、そんなことを言われた覚えがある。
「大丈夫だ。全て話した。俺が殺されたことと、時間が遡ったのはコルネリオのおかげだということ以外」
「ダニエレを殺したこともか?」と親友。
「そもそもの始まりだからな」
そのことについて、彼女は俺を非難しなかった。むしろ、今回は自分を助けるためにダニエレを見逃してくれたのか、と感謝してくれた。素晴らしい人を好きになって良かったとも言ってくれた。
そうふたりに話すと、コルネリオに文鎮を投げつけられた。
「惚気はいらん! こっちはオリヴィアと三ヶ月近く会ってない!」
「全くだ! 妻に会いたい!」ビアッジョまでコルネリオの肩を持つ。
「そっちが聞いてきたのに、酷い親友だ」
「夜中にテントに踏み込んでやる」
「国王のすることですか」ビアッジョが笑う。
「踏み込まれても困ることはない」
「え」
「あるわけないだろう、こんな所で」
それに対して揶揄するかと思ったコルネリオは、
「お前は本当に彼女が大切なのだな」と言って、
「仕方ない、お前のおかげで大団円だと悪魔に感謝してやるとするか」
と爽快に笑ったのだった。
◇◇
今日は行軍するので祝杯は一杯だけで、幾つか真面目に打ち合わせをしてから、コルネリオのテントを出た。
ついでにトビアについても聞いた。コルネリオは捨て置くつもりだったようだが、最終的には付近の教会に運び、葬儀と埋葬を頼んだそうだ。
そう聞いてほっとした。元々のトビアは、そこまで悪い奴ではなかった。いい奴でもなかったが。
よくよく考えてみれば、あいつが俺を殺さなければコルネリオが時間を戻すことはなく、俺はエレナを失ったまま生きていかなければならなかっただろう。となると俺が再び彼女を得られたのは、トビアのおかげと言えないこともない。
今日だけはあいつのために、祈ってやろう。
「おい」
ビアッジョに促されてみると、テントの陰からリーノが俺を睨んでいた。目が合うとやって来て
「顔を貸してく……ださい」
と言い、ビアッジョが吹き出した。
「貸してやってもいいが」と何故かビアッジョが言う。「暴力沙汰になったら、ここに捨てて帰るぞ」
「しませんよ!」
ビアッジョと別れて、リーノと少しだけテントから離れた場所へ行く。
足を止めると、奴は人相悪めのまま、
「ヴァレリーを助けてくれて、ありがとうございました」と頭を下げた。「心の底から感謝する」
それから奴は大きく息を吐いた。
「納得はできないけどな、この鈍感男! 彼女を泣かしたら承知しないからな!」
「……泣いているのはお前じゃないか」
リーノはボロボロと涙をこぼし始めたのだ。
「うるさいっ! なんでヴァレリアナがあんたみたいな男がいいのか、ちっとも分からん! 俺なんて十年も片思いなのに」
あっという間にえぐえぐと、人目も憚らない号泣。
「……悪い」
なんとなく気の毒になる。
「いいか、鈍感! あんたは相当な鈍感だから自覚しろよ! 彼女があんなにしょんぼりしているのも分からない鈍感なんだから!」
「しょんぼり? いつしていた?」
「シャルロットがしゃしゃり出て来てから、ずっと! あんたの前じゃ懸命に平静を装ってたけどさ」
うわうわうわと号泣するリーノ。
そうなのか。全く気づかなかった。だが俺を見るこいつの人相が日に日に悪くなっていった原因は、それだったのだろう。
と、カルミネがうんざり顔でやって来た。
「お早う、アルトゥーロ。うちの従卒が朝っぱらから鬱陶しくてすまん」
「ああ」
「そのへんにしておけ」
とカルミネはリーノの襟首を掴む。
「カルミネ」
「あ? こいつは説教しておく」
「昨日は協力、助かった」
カルミネは驚いた顔をした。それから笑顔になる。
「礼は、俺を幹部に入れてくれればいいから。今回の遠征は活躍の場がなくてがっかりしてたんだ。頼むぞ、国王の片腕!」
ほら行くぞと、カルミネがリーノを引きずっていく。
「絶対に泣かすなよ!」
リーノはしつこく念を押してから、カルミネに引っ張るなと食って掛かり、ふたりは口論しながら自分たちのテントに入って行った。
楽しそうで何より、と思い踵を返す。
都に帰ったらリーノに、コルネリオとメッツォに忠誠を誓いこのままカルミネの従卒を続けるか、ひとりで故郷に帰るかを選ばせよう。
そういえばあいつの兄であるダニエレはどうしているのだろうか。特に報せもないから、普通で平凡な日常を送っているのだろう。リーノが望むなら、兄の元で働くのでもよい。
もっとも、今のリーノはここに留まるような気がする。
「あ、アルトゥーロ様」
ヴァレリーとクレトとばったり会った。
「打ち合わせは終わったのですか?」とヴァレリー。
首肯すると、クレトは
「では僕は主の元へ」
と足早に去った。
俺はテントへ戻らず、朝食へ行くことにした。彼女は足を少し引きずっている。
「大丈夫か?」
「はい。少し歩きにくいかな、程度です。そんなに酷い捻挫ではないのですよ。医師が大袈裟なんです」
「そんなこと分かるものか」
「分かります。足首の捻挫は五回目ぐらいですから」
「五回!?」
「子供のころ、遊びや剣の練習とかで」とヴァレリーが笑う。「負けたくない一心でついつい無茶をしてしまって。実はこれでも、だいぶ慎重になったんです」
「その強情な性格は一朝一夕のものではないのだな」
「褒め言葉ととっておきます」
「褒めている」
ヴァレリーは嬉しそうな顔をする。だけれどその目はかなり腫れぼったい。テントの中では気づかなかったが、外の光の中ではだいぶ目立つ。
「目も腫れてしまったな」
「あまり見ないで下さい。酷い自覚はありますから」
昨日、トビアから間一髪で助かったあとのヴァレリーの号泣はなかなかのもので、落ち着くまで時間がかかった。
「相当に怖かったのだな」
そう言うと彼女は何故か顔を赤らめた。
「怖かったですけど。泣いてしまったのは、違いますよ」
「強情だな」
「違います! 嬉しかったのです! アルトゥーロ様が初めて名前を呼んでくださったから!」
思い返してみる。確かに泣いている彼女から、怖かったという言葉は聞かなかった。ありがとうございます、は何度も聞いた。
「……すまん、そんなに気にかけているとは思わなかった」
「ものすごく気にしていましたけど、その分、昨日は感激してしまいました」
恥ずかしげに微笑むヴァレリーが可愛くて、触れたい衝動に駆られる。だがこんな外では駄目だ。主と従卒の体面は保たないと。
「さっさとキスしたらどうですか。それともまだ、我慢比べをしているのですか」
掛けられた声に振り返ると、マウロが剣呑な表情で立っていた。
無言で見返すと、
「あれ、まさか本当にまだくっついてないのですか」と奴は狼狽えた。「いい感じになったらしい、ってリーノが昨晩号泣していたんですが」
「あいつは常に泣いているのか」
「そりゃ親の敵に初恋の君を横取りされれば泣くでしょう」
「そうか」
「で、どうなんですか?」
「お前、どうして教えてくれなかった」
「そんなの、他人が世話を役くことじゃないでしょう。ヴァレリーはともかく、アルトゥーロ様はいい年なのに」
「だよなあ」とカルミネが会話に入ってきた。
「……テントに戻ったんじゃないのか」
「戻ったぞ。リーノに説教代わりの喝をいれて、朝食に行くところ。お前もだろう? 今日の飯は何かな」
カルミネの後ろには仏頂面のリーノが立っている。ヴァレリーが酷い顔ねと声をかけ、リーノはまた泣きそうになっている。
「ヴァレリーは男の趣味が悪い」とリーノ。
「それは同感」とカルミネ。「だがリーノもなしだ」
「自分だって恋人もいないくせに!」
「あぁ? 何だって!?」
「放っておこう。行くぞ」
とヴァレリーとマウロに声をかける。
「いや、主を起こしに行くんです」とマウロ。
「まだ寝ているの?」とヴァレリーが驚く。「アルトゥーロ様やビアッジョ様なんて早くから仕事をしているのに」
マウロは力無く笑って、アルトゥーロ様に仕えたいと呟いて去って行った。
「私、アルトゥーロ様の従卒になれて幸運です。どんな意図があったのだとしても」とヴァレリー。「まずは朝食の給仕をがんばります。足を痛めているからなんて配慮は不必要ですからね」
ふんっと鼻息荒く、強い目で俺を見上げる。
その耳元に口を寄せた。
「ムリをして悪化したら、移動は俺が抱っこすることになるぞ」
途端に彼女の顔が赤くなった。
「そんな従卒はいません!」
「それなら、ほどほどに」
「……努力します」
ヴァレリーは口をへの字にしながら、俺のやや後ろをついてくる。そういうところが可愛いのだ、と伝えたほうがいいのだろうか。
「あ、こら、置いていくな」
背後からはカルミネの声。
いや、今夜きちんと伝えよう。彼女の強情っぷりをどんなに愛しく思っているかを。俺は言葉が足りないようだから、これ以上誤解させたり哀しい思いをさせないように。
今は外だから、手を伸ばしてヴァレリーの頭を撫でるだけにしておこう。
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