17´・2ヴァレリー《2月》

 コルネリオの元から自分のテントに帰り中を覗くと、エレナはいなかった。きっとリーノやマウロと憩っているのだろう。今日は休養日だ。


 彼女と俺が死んだ日までひと月を切っているが常に俺がそばにいたら、コルネリオの言う通りに息がつまるに違いない。

 探しに行きたい気持ちを押さえ、ビアッジョと手合わせをしようと切り替える。クレトが共にいれば、奴に探しに行ってもらえばいい。


 と、ちょうど良くビアッジョとクレトがやって来た。


「ちょうど良かった、アルトゥーロ」とビアッジョが俺が言おうとしたセリフを言う。「お前に小言を言いたい」

「聞きたくないし、俺は手合わせしたい」

「もっと重要なことだ! ―――と」

 ビアッジョは口をつぐみ俺のテントを示した。

「ヴァレリーはいるか?」

 何故か小声だ。

「いないが、彼女がどうかしたか」

「どうもこうもない、このスットコドッコイが!」

「す……? 何だそれは」


 ビアッジョは俺の腕を掴んで、ちょっと来い、と引っ張る。

「いや、その前にクレト。頼まれてほしい」

 何でしょう、とクレトは苦笑する。


 その時カルミネと数人の騎士が通りがかった。

「お、アルトゥーロ。トビアに会ったか?」


 聞こえた名前に心臓が大きく脈打った。

「トビア?」


「そう。老騎士の元はつまらないとかで、またお前に雇ってもらいたいと言ってたぞ」


 鼓動が激しくなる。


 別の騎士が、

「アルトゥーロ殿にはお前より立派な従卒がいるからムリだろうって教えてやったら、プリプリ怒っていたぞ」

 と笑う。更に別の騎士が。

「長く勤めた僕こそがアルトゥーロ様の力になれるのに、だとさ。えらい自信だった」

「ヴァレリーに譲れと直談判すると言っていたぞ」

「そうなのか?」とカルミネ。


「……探してくれ」声が震えた。

「え?」ときょとんとするカルミネたち。

「ヴァレリーを探せ!」とビアッジョが叫んだ。「彼女が危険だ! トビアは……問題があったから遠くに送ったんだ! なにを仕出かすかわからない!」

 ビアッジョはそのまま素早く指示を出して、皆が別方向に散って行く。俺も走り出そうとして、腕をがっしりと捕まれた。ビアッジョだった。

「クレト、お前はコルネリオ様に報告」と彼は言ってから俺を見る。「アルトゥーロ、お前もひとりで動くな! 危険なのはお前もだろう! 絶対に私から離れるな!」


 行くぞ、とビアッジョは腕を離して、代わりに俺の背を強く叩いた。

「……分かった」


 闇雲に走り出したい気持ちを懸命に押さえ、ビアッジョと並んでテントの合間を走る。人に会ってはエレナかトビアをみなかったかを尋ね、だけれど全く情報はなく、焦りと恐怖がピークに達したころ。ようやくふたりを見たという従卒がみつかった。


 その従卒は、ふたりは近くの雑木林に入って行ったと話した。


「さっき私たちが行った!」とビアッジョ。「人気がなくて、内密な話にうってつけだった!」


 矢も盾もたまらず必死に走る。

 脳裏には、クレトの腕の中で血塗れで息絶えていたエレナの姿がよみがえる。


 雑木林に入り、ビアッジョがヴァレリーと叫ぶ。返事はない。ひたすら走って探す。


 と、突如視界が開け、見えた。向こうを向いて剣を振り上げているトビア。彼の前で地面にうずくまり、その体勢で逃げようとしているエレナ。



 間に合うか。

 俺はまた、彼女を死なせてしまうのか。



「ヴァレリー!!!」



 ありったけの力で走り、剣を抜く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る