17´・1休養日《2月》
ゼクスで必要なことを済ませると、コルネリオ軍は早々に帰途についた。ノイン王から自国にも来ないかと誘われたがコルネリオは、季節が良くなったら家族と行くと言って断ったのだった。
オリヴィアの父親であるノイン王パスクーレは、今まで会ったことのある王とは違った。オルランドと同じように物静かな印象だが、眼光は鋭く風格と威厳がある。コルネリオが、あれこそが本物の『賢王』だな、と言ったぐらいだ。
巨大化が進むメッツォを、若いコルネリオがひとりで支配するのは大変なことだ。経験と知識とを兼ね備えたノイン王は、良い補佐役になる。
――と、ビアッジョがコルネリオに熱弁をふるっていたし、コルネリオも素直に同意していた。
そんなビアッジョは、ロドルフォの父親である騎士団長にすっかり心酔したようだ。やはりあの青年の父らしく、騎士の中の騎士という男で、ノイン全騎士の崇敬を集めているのは一目瞭然だった。
ビアッジョは、私もあんな騎士を目指すと言って、彼と親交を深めていた。
ゼクスからは処刑された国王派貴族の財産をたんまりと押収したし、極寒の中駐屯している兵のために城にあった酒樽全てを提供してもらった。
総じて良い遠征だったのではないだろうか。血の気の多い者たちはつまらないと愚痴をこぼしていたけれど、兵の多くは死なずに帰れると安堵しているようだった。
ただ、大変な荷物がひとつある。
ゼクスの王弟、つまりは新ゼクス州の州王は末娘シャルロットをコルネリオに献上した。彼女はそれなりに美人だから、女好きと有名なコルネリオならば喜ぶだろうと考えたようだ。本人が断っているのに、愛妾の末席に置いてやって下さいと押し付けてきた。でなければ騎士の妻でも構わない、との一言を添えて。
つまりはコルネリオの愛人でも俺の妻でも好きなほうを選んでいいということらしい。
パスクーレが言うにはゼクス州王は、シャルロットをへたな相手に嫁がせられないと考えているそうだ。うっかりコルネリオの嫌う有力者や潰そうとしている貴族と縁戚関係になったら大変だから、人質がわりに王に進呈するほうが良いと判断したという。
コルネリオは迷惑な話だと顔をしかめながらも、渋々彼女を受け取った。とはいえ勿論愛妾にする気はないので、エレナと一向に進展のない俺に、もらってやれよとしつこく言ってくる。酷い親友だ。
進展がない訳ではないのだ。俺は前回死んだ日までには思いを告げると決めた。問題はシチュエーションだ。
前回は限界まで我慢していたせいで、酒を煽ったあげくのだいぶ情けない状況だった。今回はもう少し、彼女の好きな清廉潔白な騎士風にしたい。
だが清廉潔白な騎士風とはどんなものだろう。
せめてうすら寒くて暗いテントの中だとか、周りに仲間がうじゃうじゃいる状況は避けよう、早朝に散歩にでも誘ってみようと考えているのだが、まだ上手くいっていない。
何度か散歩は誘ったのだが、彼女は誘われていると気づかなかったようだ。何故か巡回に出るのだと勘違いされたり、シャルロットに会いに行くのだと誤解されたりしている。
幾らなんでもおかしくないだろうか。
段々と、エレナはわざとそんなフリをしているのではないかという気になっていった。
それに気のせいかもしれないが、リーノが俺に向ける顔が日に日に凶悪になっている。警戒されている、ということだろう。
◇◇
朝、まだ暗い中をテントの外に出ると、辺りはモヤがかかり真っ白だった。これは出発が遅れるだろう。
中のエレナに、
「モヤが出ているから、その場で待機」と伝える。
さてどうすりるか、と考えていると黒い影が近づいてきた。
「クレトです。お早うございます」と影が言う。「アルトゥーロ様の声が聞こえたものですから」
「ああ、どうした」
モヤの中からクレトが現れた。
「コルネリオ様の元へ行きますか? 必要ならば番犬が留守を守りますが」
「……頼む」
「頼まれました」ニコリとするクレト。「ビアッジョ様も起きています」
どうにもクレトの言い方が気になるが、この状況にエレナをひとりきりにしたくはないので助かる。
「クラリーに彼女のことを頼まれていますからね」
再びニコリとするクレトに、なるほどと腑に落ちた。てっきり俺がエレナに惚れていると、ビアッジョから聞いているのかと思った。
「クラリーのために、励め」
「勿論です」
何故か含み笑いのクレトの肩を叩き、ビアッジョのテントに向かった。
それから王と幹部の協議の結果、今日は休養日となった。
モヤが出ているのならば、好天になる。軍を進めるのにはいいが、兵が気分転換に好きに遊ぶのにもいいだろうとなったのだ。幸いゼクス州も出て、旧メッツォ国の領内に入っているから、安心感もある。
早速若い兵士なんかは付近の湖にワカサギ釣りに行ったり、賭博をしたりと休みを楽しんでいるようだ。
俺はコルネリオと、帰還計画の再確認や、食料や燃料など物資の確認など、幹部らしく忙しく働いて、傍らではエレナも筆記具片手に補佐役を頑張っていた。
だが午後を過ぎると、コルネリオが
「少しはヴァレリーを休ませてやれ」と言い出した。「ずっとお前に付ききりじゃないか」
こいつは俺の心配を知っているくせに何を言うんだと思ったが、
「ヴァレリーだって息がつまるよな?」
とのセリフを聞いて、その通りかもしれないと反省した。
「そんなことはありません」とエレナ。
「無理をするな」とコルネリオ。「で、アルトゥーロは休みついでにシャルロットの機嫌を伺ってこい」
「何故そうなる」
「お前の嫁候補だ」ニヤリとする幼馴染。「ヴァレリー、邪魔だ、下がれ」
エレナははいと頷いてさっと踵を返してテントを出た。
彼女の足音が遠ざかると、親友の襟元を掴んだ。
「協力すると言った口はどれだ」
「怒るな、協力してやっている」
「どこがだ!」
「お前が慎重すぎるから、代わりにヴァレリーを煽ってやっているのだろうが。彼女もお前が結婚するとなって焦っている筈だ」
「……どこからそんな自信がくるんだ」
むなしくなって、手を離す。
「エレナだった時ならともかく、命じられて従卒になった彼女が何のために戦についてくる」
「従卒を天職だと思っているからだろう」
「少しは自惚れたらどうだ」呆れ声。
「自惚れたくても、そう思える要素がない」
「そうか?」
親友は椅子に座ると足を組み、偉そうにふんぞり返った。
「やはり女には、この行軍は辛い筈だ。シャルロットを見てみろ。専用のテントにふかふかの寝具、香りの良い山のような枚数の着替え。頻繁な入浴。いくらヴァレリーが男勝りに騎士の素養を身につけていたとしても、王女だぞ。こんな小汚ない生活に耐えているのは、お前のそばにいたいからだとしか思えん」
「だが散歩に誘っても、分かってない。巡回に出ると思われる」
プハッと薄情な親友が吹き出した。
「それはお前に問題がある。お前は仏頂面の主なんだぞ。余程はっきり言わないと伝わらないのさ。『ふたりきりでデートをしたい』と言ってみろ。いや、それが言えるなら、とっくに言っているな」
くっくと声を立てて笑う。
「良いシチュエーションで、というのがそもそも無理なのか」
がっくりとして、コルネリオの向かいに座る。
「なんだ、ロマンチックな告白を狙っていたのか」
「そこまでではないが、前は酷かったからな。今回は、と思うだろう?」
「……アルトゥーロ!」
突如親友が身を乗り出した。
「そういえば、前回お前がどう告白したのか、求婚したのかを聞いていない」
「……忘れた」
「嘘をつけ」
「どうだっていいだろう」
「いや、よくない」
「知るか」
どちらも俺の部屋で夜だった。
今回は明るい日の光の元で……
……今なんて、ちょうど良いのではないだろうか?
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