11´・2それぞれの思惑《9月》&クラリッサ日記④
前回と同じようにコルネリオの父の元を訪れて、用事を済ませる。おまけでアダルジーザが母国で仕事につき、大人気らしいとのどうでも良い情報をもらう。
それから大聖堂へ行き、デルフィナと赤子の墓参り。今回は大きい花束と小さい花束がそれぞれふたつずつ。アルトゥーロからのものと、オリヴィアからのもの。
エレナは前回と同じように、何も聞かずに長く祈りを捧げていた。
そうして帰り道につく。前回はこの日にリーノと出会ったなと考えていると、エレナが
「アルトゥーロ様」
と呼び掛けてきた。何だ、と促すと彼女は――。
「先ほどの墓所は、アルトゥーロ様の大切なお方の墓所でしょうか」
エレナを見ると、いたって真面目な表情をしていた。
「違う」
「そうですか。失礼しました」
なるほど、そのような考え方もあったのか。トビアやその前の従卒、前回のエレナもそう捉えていたのかもしれない。
自分に大切な人間が(コルネリオとエレナを除けば)いたためしがないから、その発想はなかった。
少しだけ迷い
「義務のようなものだ」
と伝えた。エレナは再び、そうですかと答え、口を閉ざした。
◇◇
城に戻るとクレトに出会い、エレナは彼と共に馬の世話に行った。
去って行く二人の後ろ姿を見て、前回この光景を目にしたときは、胸が無性に痛かったことを思い出した。
今回クレトは他の女に夢中だ。
それなのに俺は、面白くない思いを抱えている。
やはりエレナの良い主でいるだけは、嫌だ。彼女の隣にいたい。
「そろそろ私が必要ではないですか」
突如耳元で囁かれた声。ぞわりと背中が粟立った。
振り返れば、そこにはベルヴェデーレ。
全く気配を感じなかった。その気になれば、俺なぞ簡単に殺せるということだ。
「そんな恐ろしい顔をしないで下さい」悪魔はにんまりとする。「私はただ、尋ねただけではないですか」
「ただ尋ねるだけならば、背後から囁き掛けるな。性根が悪い」
「それは………ですから」
肝心なところは、掠れて聞き取れなかった。わざとそうしたに違いない。
「下級ではないのだろう。それならもう少しそれらしく振る舞え」
ベルヴェデーレは顔をしかめた。
「私の振る舞いが悪いと?」
「目の届かない場所でこそこそ小汚い真似をする。人間だったら低能のすることだ。違うか?」
悪魔の顔が更に歪む。
「私は悪魔だ。人間と同じにするな」
いつだったかも思ったが、こいつは沸点が低いのではないだろうか。直ぐに立腹する。
プライドが恐ろしく高いのかもしれない。
「それはすまん。見た目は人間だからな」
「
その言葉に改めてベルヴェデーレを見る。確かに彼の外見に疑問を感じたことはない。
「……すごいな」
「だろう? この繊細かつ高度な変化は、どの悪魔でも出来ることではない。大悪魔の私だからこそだ」
だというのに、コルネリオの誘惑に失敗しているのか。あいつが凄いのか、こいつが無能なのか、どちらだろう。
「だから安心して私を頼るといい。かならずや満足できるはずだ」
「コルネリオはデルフィナを助けられなかったが?」
ベルヴェデーレは顔をひきつらせた。
「あれは奴の立ち回りが悪かったのだ! 私のせいではない」
「そう。どのみちお前を必要とはしていない」
「記憶のない彼女を、お前ごときが振り向かせることができるのか?」
蔑みの声。
だけれど前回はもっと最悪の関係だったにも関わらず、俺を好きになってくれたのだ。
「お前の契約者はコルネリオだろう? 他の人間を誘惑するのは、お前たちの世界では美徳なのか? それとも下劣なのか?」
「美徳だ!」
だがそれは嘘だろうと思わせる表情だった。まあ、俺にとってはどちらでもいいことだ。関係ないのだから。
「そうか。ところで俺はコルネリオの元にゆくのだが、お前は?」
「急遽、城門の警備。今は向かうところだ」うんざり顔のベルヴェデーレ。
「コルネリオ専属のお前が?」
「そう。担当のひとりが体調不良で倒れたらしい。今日はデルフィナの命日だからな。この日はいつも、奴にキツく当たられる」
それは知らなかった。だが当然か。この悪魔はコルネリオにデルフィナの生き返りを夢見させておいて、叶えなかったのだ。
そうか。あいつが悪魔の誘惑にのらないのは、もしかすれば、復讐なのかもしれない。
「ならば門番をしっかり頼む」
「畏まりました。アルトゥーロ殿」
悪魔は恭しく答えると衛兵らしい顔に戻って、去った。
それにしても俺はコルネリオのことを何でも知っていると思っていたが、そうでもないらしい。
あいつの傷は早々癒えるものではないのだろうか。あれからかなりの年月が経つというのに。
やはりオリヴィアに供花を頼まれたことは、黙っているほうがいいかもしれない。
そんなことを考えながら廊下を進んでいると、当のオリヴィアにばったり会った。本日二度目。今回は友人はひとりきりだった。先日、質問されたときに一緒にいた女だ。
俺は一礼すると、一言
「済みました」
とだけ伝えた。ポケットから預かった小袋を取り出して、返す。
「そう。ありがとう」
オリヴィアは微かな笑みを浮かべた。
「……きっと彼女は喜んでいます」
自分でも、何故そんな言葉が出てきたのか分からないが、気づけばそう言っていた。
親友に代わり、感謝を伝えたかったのかもしれないし、忘れられた彼の息子が気の毒に思えたのかもしれない。
「そうかしら」オリヴィアは呟いた。「余計なことかとも悩んだのよ。だけれど素知らぬままでいることは不誠実な気が拭えなくて、この機会にお花だけでもと思ったの」
俺は黙って頭を下げた。先程より、心持ち長く。
「コルネリオ様の大切な方ですものね。許されるならば、毎年お花を供えさせてもらいたいわ」
周りに聞こえないよう、抑えられた声。その告げられた内容に驚いて、頭を上げた。
「コルネリオから聞いたのか?」
「いいえ」オリヴィアは驚いたのか、目を瞬かせた。「だけれど、そうでしょう?」
彼女の友人を見ると、分からないとでも言うように首を左右に振った。
「誰からそのことを?」
「ごめんなさい、これも余計なことだったのかしら」
オリヴィアの顔に見てとれるのは困惑だけで、他意はなさそうだ。それに……隠していることでもない。声高に言い回ったこともないが。
「いえ、驚いただけです。誰も触れないことですから」
オリヴィアは近くで立哨中の衛兵から離れるかのように数歩移動した。友人は逆に遠ざかる。そうして彼女は、またひそめた声で
「コルネリオ様とあなた、それからビアッジョの態度から、分かるわ」と言った。「二番目の妃様のことは、皆、悪口を言う。けれど最初の妃様については、あなた方は絶対に言わない。誰かが口にすれば、ビアッジョかあなたが巧みに話題を変える」
その通りだが、オリヴィアを含めたその顔ぶれが一同に会することはなかなかない。コルネリオが妻を含めた政治面と、軍関系を分けているからだ。彼にとって前者は面倒で仕方なくやっているもの(だけれど手は抜かない)、後者は生き甲斐であり世界を手中に納めるために望んでやっていることだ。
だから彼女が示したような場面は、そう頻繁にない筈だ。常に周囲を注意深く見ているのだろう。たとえ無駄に見える悪口とて、聞き流さないで。
「そのような方の墓参を蔑ろにするのは、後妻としてよくないと思っていたの。でも誰もが必要ないと言うのよ」
「多くの者にとっては、そのような認識でしょう」
コルネリオとデルフィナの結婚は政略。妻と赤子の死は出産によるものなんて、真っ赤な嘘。表向きはそういうことになっているが、実はコルネリオに殺された。
それが世間では通説となっている。
そして、狂った母親に殺されたなんてデルフィナがあまりに惨めだからと、コルネリオはその通説を否定しないでいる。
「オリヴィア妃殿下」
「なんでしょう、アルトゥーロ」
床に片膝をついてこうべを垂れた。
「コルネリオ陛下の騎士である私は、主の妃たるあなたに最大限の敬意を払います」
俺が騎士として敬意を表したのは、叙任式の時の神を除けば、コルネリオだけだ。
「感謝します。あなたの敬意に相応しい王妃でいると、コルネリオ様に誓いましょう。さあ、立ちなさい」
促されて立ち上がると、王妃は柔らかな笑みを浮かべていた。
「王妃冥利に尽きるわ。コルネリオ様の親友で片腕のあなたに、そう言ってもらえるなんて」
何度目になるかわからない礼をした。
彼女なら死が二人を分かつまで、コルネリオと穏やかな日々を送ってくれるに違いない。
◇◇
王の執務室に赴くと、奴はすぐさま人払いをして、ご苦労、と言った。
座るところがないので、机の縁に並んで腰をのせる。
「特段、変わりはない」
「そうか」
「だがひとつ。事後報告になってすまんが、オリヴィアにも花を頼まれて、置いてきた」
「オリヴィアが?」
幼馴染の顔を見ると、困惑しているようだった。怒りがないことに、安堵する。
そこでオリヴィアが俺たちの態度から、デルフィナがコルネリオにとって大事な女だと気づいていたこと、後妻として先妻にきちんと対応したいと望んでいることを話した。
「彼女がそんなことを」
「……俺はお前の騎士として、最大限の敬意を払うと誓った」
「っ!? お前が!?」
親友が驚きの声を上げる。
なんて告げればいいのかを迷う。俺は口が上手くない。デルフィナを貶めるようなことも言いたくない。しばしの間考えて、
「オリヴィアは今現在の世界で、一番素晴らしい王妃だ」
そう言った。
「お前を安心して託せる」
「……そうか。俺も、いい妻だとは思う」
それからコルネリオは目を瞑り口を閉ざした。
その横顔を見ながら俺は、十年ほど前の親友の姿を思いおこした。
修道院に行かせてくれと懇願するデルフィナにコルネリオは土下座をして、必ずや幸せな王妃にする、決して他の女には惚れない心変わりはしない、だから妻になってほしいと必死に頼み込んだ。
実際彼は、デルフィナと結婚している間は彼女だけを一心に愛した。
だがもう彼女はいない。そろそろ他の女に惚れても構わないだろう。
コルネリオが、そう考えられるようになってくれるといいのだが。
クラリッサ日記④
いつもの裏庭の片隅にヴァレリアナと並んで座り、ランチのパンをかじる。
日向は暖かいけれど空は高く、木々の葉は色づき始めていて、季節は秋になったのだと実感する。
「この城に来て洗濯女となって一年が経つわ」
ヴァレリアナは食べるのを止めて私を見た。
「慣れって凄いのね。そうなる前の私が一日を何して過ごしていたのかが分からないわ。きっと実のない時間を送っていたのね」
「大丈夫? 辛くない?」
心配そうに姉が聞く。
「大変な仕事だし、辛くないこともないけれど、仲間はみんな良いひとだし、お喋りも楽しいから大丈夫」
にこりとすると、彼女はほっとした顔になった。
「ヴァレリアナは? 半年よね?」
「ええ。私、従卒は天職だと思うわ」
「そうね。御前試合のあなたは生き生きしていたもの」ついついため息がこぼれる。「このまま騎士になりたいの?」
「……どうかしら」
意外にも、姉は考えこんだ。
「……戦に出たいとは思わないの。人に仕えて武器の手入れをしたり、武芸の研鑽をするのが好きなのだと思う」
その『人』はアルトゥーロ限定ではないでしょうね、というセリフが脳内に浮かぶ。
御前試合の時、試合結果を嬉しそうにあの男に報告する彼女の姿は、ダニエレに恋していたときと同じように見えた。
冷血アルトゥーロは、考えていたよりはまともな騎士だ。ヴァレリアナのことを従卒としてきちんと扱ってくれている。
だけれども、彼は征服した国の国王一家を皆殺しにしてきたコルネリオ王の片腕だ。
「……私たち、いつまでこのままでいられるのかしら」
そう言うと、姉は目を伏せた。
現状、私たち姉妹は他の使用人と同等な扱いを受けているけれど、いつ何時駒として使われるか、もしくは王族として処刑されるかは分からない。
気を許していたら、ある日突然地獄の底に突き落とされるかもしれないのだ。
「私たちが生かされている理由も一向に分からないし」
「……なんとなく、思うところはあるの」
「え」驚いてヴァレリアナを見る。「どういうこと?」
彼女はどうしてなのか、辛そうな表情をしている。
「ヴァレリアナ?」
姉は私に身を寄せると、小さな声で耳に囁いた。
「……確証はあるの?」
「いいえ。だけど間違いないと思う」
彼女はそう言うと、泣きそうな顔でズボンをキュッと握りしめた。
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