11´・1墓参の日《9月》
城内の廊下を歩いていると、
「アルトゥーロ。ちょっといいかしら」
とオリヴィアに呼ばれた。彼女の隣には気まずげな表情の友人がひとり。
「何でしょう?」
そう尋ねるとオリヴィアは俺の手を引っ張り、こちらにと近くの部屋へ入った。友人が扉を閉める。
「彼女から聞いたの」とオリヴィアは友人を見る。「コルネリオ様と最初の奥様の間に生まれ、すぐに亡くなったお子は赤毛の男児だったって。本当かしら」
彼女の表情も、どちらかと言えば沈んでいる。
嘘をつく必要はないだろうから、そうだと答えた。するとオリヴィアは
「そのお子さまに失礼なことを言ってしまいました」
と目を伏せた。
「そんなことはないと思うのです」とすかさず友人。「クレメンテ様がお生まれになったとき、彼女は『陛下と同じ赤毛なんて、強運を持った子だ』と言ったそうなのですが……」
「コルネリオ様の赤毛を受け継いだ第一子様を、悪く言ったようなものではありませんか」
いつも笑顔のオリヴィアがこんな表情をするのは珍しい。僅か一日も生きることのできなかった赤子を思い、本当に落ち込んでいるのかもしれない。
「コルネリオが気にしている素振りを見せましたか」
「……いいえ」
「でしょう? あいつはむしろ妃殿下の言葉を喜んでいます」
「そうなの?」
「赤毛は珍しい。コルネリオは幼少期に散々からかわれた。それを強運と言われたのだから、当然嬉しい」
なにしろ最初の子は赤毛を理由に殺されたのだ。オリヴィアが喜んでくれたことが、あいつにとってどれ程嬉しかったことか。いや、むしろ救いだったのではないだろうか。
「そう。ほっとしたわ」
とオリヴィアの表情が和らいだ。友人も笑みを浮かべて、オリヴィアの手を握る。
「だけど」と妃は言った。「最初の奥様とお子様のことは、ずっと気にかかっているの。私は墓参をしたことがない。必要ないと、コルネリオ様にも侍従たちにも言われてるわ」
そうですねと答える。墓参をしているのは、俺だけ。墓の手入れは墓守に任せている。彼女の親戚縁者はいないし、墓参してくれるほど仲良かった友人がいるかは知らない。
「アルトゥーロ。頼みがあります」とオリヴィアは手にしていた小袋を俺に差し出した。「私の自己満足です。早世した第一王子とお妃に、私の代わりに花を供えて下さい。もうすぐ命日でしょう」
第一王子、と心の中で繰り返す。
今やほとんどの者が、オリヴィアの産んだセノフォーテをそう呼ぶし、コルネリオも咎めない。だけれど奴は絶対にそう呼ぶことはないのだ。
「分かりました」
小袋を受けとると、チャリンと音がした。
「ありがとう」
オリヴィアは微笑み、友人と部屋を出て行った。
彼女は俺が毎年墓参に行くと知っているのだろうか。
だが、そんなことはないはずだ。コルネリオとビアッジョ、俺しか知らないことだ。トビアとその前の従卒は連れて行ったが、誰の墓なのか話してないし、最初の妃の命日なんぞ知らなかっただろう。
きっとオリヴィアは、俺ならば墓所を把握していると考えただけだ。
預かった小袋をしまいながら、このことをコルネリオに話すかどうか、考えた。
◇◇
その三日後、コルネリオの執務室を出て歩きながら、前回の人生ではこの後にオリヴィアに囲まれているエレナに出くわしたことを思い出していた。
すると今回は、廊下に置かれた椅子に仲良く並んで座るふたりに出くわした。周囲にはオリヴィアの友人たちがいる。
「あら、アルトゥーロ」オリヴィアが目敏く俺を見つけた。「ねえ、あなたもヴァレリーを説得して。休みの日ぐらい女性の服を着て欲しいと!」
エレナは困り顔で首を横に振っている。
女性の服のエレナ?
それは前回今回を通し、一度も見たことがない。……きっと可愛いだろう。
「アルトゥーロだって可愛いヴァレリーを見てみたいわよね? ちゃんとコルネリオ様の許可も得ているのよ」
そう言うオリヴィアの瞳は煌めいている。だがエレナは
「休みなんてほとんどないのだから、女性ものの服なんて必要ありません」
とキッパリ言う。
「あら、それはいけないわ。アルトゥーロ、休みをあげなさい」とオリヴィア。
「違います!」エレナが慌てる。「アルトゥーロ様は休めと言います。私が必要ないと断っているだけです」
「ならば休みなさい、ヴァレリー。そして可愛らしく変身するのよ!」
オリヴィアの言葉に友人たちも一斉に頷く。
「そんなもの、誰も必要としていません!」
「リーノは喜ぶだろう」あと、俺。
エレナはきっ、と俺を見た。
「リーノに喜んでもらっても、私の従卒レベルは上がりません!」
「本当に強情ね」とオリヴィア。「それでアルトゥーロは可愛い彼女を見たいの? 見たくないの? どちらかしら?」
全員の目が俺に向けられる。エレナまで黙って俺の言葉を待っている。
「従卒に可愛いさなんて必要ありません」
エレナが嫌がることなどさせられない。素直に見たいなどと言えるものか。
「そうなの? 残念だわ」とオリヴィア。彼女はエレナを見た。「ヴァレリー、着たくなったらいつでも声をかけて。それからお休みはしっかりとること」
どうやら諦めたらしい。
エレナは、はいと頷いている。
そんなオリヴィアに、
「これから遣いで街に出てきます」
と声をかけた。彼女は笑みを浮かべ、
「そう。気をつけて行ってらっしゃい」
とだけ言い、友人たちと去った。
「私も同行しますか?」エレナが尋ねる。
「ああ。このまま出る。徒歩だ」
今日はコルネリオの父の元へ行き、それからデルフィナの墓参だ。彼女の命日が近いと知っていたオリヴィアは、俺がこれからどこに行くか、見当がついたのではないだろうか。
彼女からの頼まれごとは、コルネリオにまだ伝えていない。奴がどう反応するか、いまいち分からないのだ。デルフィナは奴にとって特別な存在だ。もしかしたら嫌がるかもしれないし、最悪のケース、今の蜜月が終わるかもしれない。
それは避けたい。コルネリオの為にも、オリヴィアの為にも。
長い付き合いの中で、奴が家族と楽しそうに過ごすのを見るのは、今回が初めてなのだ。
もう一年も続くこの蜜月。なるたけ長く続いてほしい。
◇◇
城を出るところでマウロに声を掛けられた。自分も主の用で街に出るから、途中まで一緒に行かせてほしい、と言う。
今まで余所の従卒にそんなことを言われたことはない。前回の人生だってそうだ。
エレナが喜ぶかと思い了承してしまったが、やはりマウロは彼女狙いなのではないだろうか。
だがマウロはエレナの横を歩きはすれ、会話は巧みに俺と彼女と交互にする。これは何の邪心もないのだろうか。
「ところで、ヴァレリー。近いうちにオリヴィア妃殿下から声がかかるかもしれないぞ」とマウロ。
「どういうことですか?」
「いや、午前中に庭で従卒仲間で休憩しているところに、妃殿下が通りがかってさ。声をかけてくれたんだ。困っていることや要望はあるか、って」
やはりオリヴィアはただの能天気ではないようだ。
「そうしたらリーノの奴、たまにはヴァレリーに可愛い服を着せてやりたい、とて言ったんだ。妃殿下もノリノリで、任せてって答えてたぞ」
「犯人はリーノなのね!」とエレナが声を上げた。
なるほど。そういう経緯だったのか。
マウロはくふくふ笑っている。
「もう言われたのか。リーノ、ヴァレリーは男勝りだけど、着飾るのも大好きなんだと力説していたぞ」
ちらりと振り返るとエレナの顔が赤くなっている。
「そんなことないです!」
「諦めさせないほうが良かったのか?」尋ねる俺。
「え? アルトゥーロ様が断ってしまったのですか?」
マウロが驚いた顔をする。
「必死に嫌がっているようだったからな」
それなら素直に見たいと言えば良かった。失敗した。
「……『従卒には可愛さなんて必要ない』ですよね」とエレナ。
「従卒である間にはな。休みの日にどんな格好をしていようが構わん」
「……」
「アルトゥーロ様はお優しい。彼女を慮って断ったのですね」何故かマウロが嬉しそうに言う。「さすがです」
さすが? 何だそれは。
「マウロはアルトゥーロ様に仕えたいんですよ」とエレナ。
「俺?」
振り返ると、当のマウロは照れてれな顔をしていた。
「いや、ヴァレリーもいるし、無理なのは分かっていますが。アルトゥーロ様のような、腕に秀で、主としての徳もある騎士になりたいと思っていまして」
「徳?」
思わず周囲を確認する。ベルヴェデーレに操られているのか。それとも何かの作戦か。
エレナが、ふふっと笑った。
「マウロ。アルトゥーロ様は信じていませんよ」
「えぇ? 本当なんだけどなあ」とマウロ。「でも大丈夫です。こっそり良い所を盗みますから。そしていつかアルトゥーロ様より素晴らしい騎士になります」
そうして、
「じゃあ、僕はここで失礼します」
とマウロは俺たちとは違う通りに入って行った。
「俺より素晴らしい騎士、か」
「志しは高く」とエレナ。
「昔、言われた」
「マウロにですか?」
エレナを見る。
「いいや。違う」
お前にだ、と心の中だけで呟き、たまらなくなって目を反らした。
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