10´・2試合と褒美《8月》
御前試合一日目が終わり、壇を降りた俺の元へやって来たエレナは、見るからに歓喜に溢れていた。
「よくやった」
そう褒めてやると、ありがとうございますっ!と嬉しそうに答えた。
「いや、かっこ良かった!」とリーノ。
「ケガがなくて良かったわ!」とクラリー。
何故かこぶまで一緒について来ていた。
「ヴァレリーが待つ戦法をとれるとは。成長したな」とビアッジョもやって来て褒める。
「アルトゥーロ様のご指導のおかげです」とエレナ。「それからクレトとマウロも」
こめかみがピクリとする。
「クレト?」とビアッジョが尋ねる。
「はい。今日のための秘密の練習に付き合ってくれました」
ビアッジョの隣でクレトが頷く。
「……それはご苦労だった」
俺は渋々礼を伝えた。
「いえ、自分のためにもなることですから」
とクレト。言い終えたタイミングで視線が動く。多分、クラリーを見たのだろう。一瞬顔がだらしなくなった。
こいつの目的はクラリーだ。つまらない嫉妬をしている自分が阿呆らしい。
「ところで君は油を売っていていいのか?」
ビアッジョがクラリーに尋ねる。
「先輩たちが、姉の試合は見てよいと許してくれたのです。ですけどもう戻ります」
クラリーはそう言って姉とハグし合うと去って行った。
「馴染んでいるのかな?」とビアッジョ。
「おかげさまで、良くしていただいているようです」
エレナがそう言うと何故かクレトが
「裏表なく仕事も人付き合いも頑張っているからです」
と誇らしげな顔をした。
すると姉は嬉しそうな顔をしたのだった。
◇◇
エレナは結局三回戦敗退だった。相手が悪かった。衛兵の中でも最もいかつい兵士で、完全に力負け。悔しがった彼女は、筋トレを今の倍行うと宣言していた。
ついでにマウロは四回戦敗退で、クレトは準々決勝まで進んだ。若手従卒の中では一番良い成績で、ビアッジョは自分のことのように喜んでいた。
優勝したのは、最初から候補に上がっていた中堅の騎士だった。準優勝は衛兵の中核である第一隊の隊長。やはり候補のひとりだった。ふたりそれぞれ褒美をもらい、一大イベントは幕を閉じた。
エレナが褒美として望んだ飯屋は、前回の人生でリーノが働いていた店だった。
そういえば前回はこの時期ぐらいにクレトと食べに行ったのではなかっただろうか。
やはり各人生で同じような事が多々あるのだ。
夕飯時に店に入ると、エレナは次々に料理を注文した。張り切って昼飯を抜いてきたと言う。
なんだか本当に主従だ。トビアも俺がご馳走すると言うと、その前の食事を抜いていた。
エレナには主としてしか認識されていないと、改めて思い知らされる。
それでも美味しそうに舌鼓を打つエレナを見ていられるのだから、二度目の人生があることに感謝しなければならない。
「しかし、こんな大衆料理が旨いのか?」
よくよく考えたらエレナは王女だ。もっと豪華なものを食べていたはずだ。
「はい」チキンの煮込みを食べながら頷くエレナ。「素朴で美味しいです。旅に出たときにすっかり虜になりました」
「旅」
ダニエレとふたりきりで一年もしていた旅。
ふたりの話は一致していて、フンフを出たあとまずは自国の都に戻ったらしい。生き残った騎士がいないか探し(結果、都にはいなかった)、市民が俺たちの軍に虐げられていないか様子見をし(勿論、虐げていない)、どんな政治体制をひくかを伺っていたそうだ。いち旅人のふりをして。
コルネリオは征服した国は州に改めて知事を置くのだが、その知事には、土地の有力者で人望のある人間を選ぶ。それがうまく統治するコツなのだ。
結果フィーアの民は反発することなく、コルネリオを自分たちの王と認め、それを見たエレナはショックを受けたらしい。民の中に王が変わったことを嘆く者はほぼいなかったという。
それから世間を庶民目線で見るために、八ヶ月かけてフィーアの辺境、他国、メッツォと周り、あと数日で都入りするというときにフンフがコルネリオにより滅ぼされたことを知ったらしい。随分情報が遅い。
そしてフンフに戻ったエレナは母親の自死と妹の処刑を知り、復讐のためにコルネリオに決闘を申し込むことを決めた。
ちにみに旅の資金は、フィーアを出るときに持ち出した自分の宝飾品を売って捻出したそうだ。
「……なんで一緒に旅までしたのに、別れたんだ?」
ずっと気にかかっていたことだが、上手くさりげなく質問できたのではないだろうか。
エレナは手を止めて瞬いたが、目を伏せた。
「いえ、旅に出る前に……。旅にはあくまで護衛としての同行でした。さすがに気まずいのでリーノに頼むつもりだったのですが、彼はまだ見習いだし年若くて頼りにならないからと反対されて。結局私も不安でダニエレを頼ってしまいました」
お前でも不安になることがあるのか。そう言い掛けて、止めた。国が落ち親兄弟が処刑されたばかりだったのだ。不安になるのが普通だろう。
「リーノの兄とて年若いだろうに」
「ダニエレは私の十二歳上です」
「十二!?」思わず大きめの声が出てしまった。「俺より上なのか」
見た感じで、てっきり年下だと思っていた。
ということはエレナより、ダニエレが十二、俺が八歳年上。もしかして彼女はかなり離れた年上が好きなのだろうか。
「アルトゥーロ様はお幾つなのですか?」
「二十六」
「私と八つしか変わらないのですか。もっともっと精進します」
しか?
精進?
突っ込みどころが沢山あるが、黙っておくことにした。
俺を騎士の目標にするなんて、随分前回の人生とは違う。このまま本当に手本のような主従関係になるのかもしれない。
俺にもう少し、恋愛の経験値があったなら良かったのだが。どうしたら彼女が俺を好きになってくれるのか、全く分からない。
今日の食事だって、コルネリオとビアッジョに頑張って口説いてこいと言われているが、世間話以外の話題なんて俺には無理だ。
「このチキン、本当に美味しい」
俺が出来るのは、ほくほく顔で食事をするエレナに満足することだけだ。
「持ち帰れるか聞いてみよう。どうせクラリーに食わせてやりたいのだろう」
「……ありがとうございます」
エレナがにこりとする。
その顔を見せてもらえただけで幸せになれる俺は、相当単純な男なのだろう。
「それに何故、決闘だったんだ。復讐ならば他にも方法はあっただろう。アインスのように襲撃するとか。……まずは使用人として城に潜り込むとか」
これも、さらりと自然に尋ねられた。
エレナはカトラリーを置いた。真摯な目が俺に向けられる。
「父と兄は軍を捨てて、都に立て籠った。レナートからそう聞いたときは、何も思わなかったのです。だけれどこっそり都に戻ったとき、市民にも兵士にも父たちが卑怯者と詰られているのを聞いて、自分の感覚のズレを知りました。私は清廉潔白な騎士に憧れていたのに、根底が腐っていたのです。だから復讐は正々堂々やりたかった」
なるほど。俺がダニエレを殺さなかったからエレナは旅に出て、その結果が決闘となったらしい。
「……正々堂々もいいが、もう少し柔軟な考え方をしたほうがいい。クラリッサは開戦前に国外に逃げた理由を、フィーア王家の血を絶やさないためだと言った」
「そう両親は話していました」とエレナ。
「ならば妹を処刑されたお前がすることは復讐ではなく、子をもうけることだ」
「それでは私の気は済みません」
「負けることが分かっている決闘をするより、いい。お前、いつだったか、ダニエレと妹を殺さなくてありがとうと俺に言っただろうが。同じように、お前が死ななくて良かったと思う人間が、どこかにはいることをちゃんと考えろ」
グラスを手にして、酒をのどに流し込む。
エレナにはもっと慎重に生きてもらいたい。
「アルトゥーロ様」
「何だ」
エレナはまっすぐに俺を見ている。
「……いえ。……私を殺さないで下さって、ありがとうございます」
「コルネリオに言え」
「はい」
彼女は頷くと、再びカトラリーを手にした。
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