休憩・王妃は興味津々☆(王妃オリヴィアのお話)
(本編『8・1 守り刀〔3月〕』で、アルトゥーロが剣を贈った翌日の出来事です)
時間が空いていたので友人たちと城内の散歩をしていたら、廊下でばったりエレナに会った。
あら、ラッキー。
友人たちもニヤリとした笑みを浮かべている。
「ねえ、エレナ。ちょっとちょっと」
と手招きをすると、真面目な彼女は何の警戒心もなく近寄って来た。
すかさずその手をとって、そばの部屋に引っ張りこみ、長椅子に並んで座らせた。
友人たちは気をきかせて、消え去った。
「何でしょう?」
彼女の顔に戸惑いが浮かんでいる。
私は、ちょん、と彼女の首筋をつついた。
「お風呂で一緒になった侍女たちが噂していたわ。ここ」
とたんに彼女は真っ赤になった。今はきっちり着こんだ服で、肌は見えない。
にこりと微笑む。
「ね、なんて告白されたの?」
エレナはますます赤くなって、うつ向いた。誤魔化そうにも証拠が目撃されているのだ。私はにんまりとして、彼女の返事を待つ。
少し前まではエレナ、クレト、アルトゥーロの三角関係だと思っていた。
あのアルトゥーロが本気で恋をするなんて思いもしていなかったから、分の悪そうな彼をこっそり応援していたのだけど。
それがまさかの大逆転。
エレナはアルトゥーロを選んだらしい。すっかり城中、その噂で持ちきりだ。感情の起伏が乏しいあの彼が彼女に夢中で、彼女が自室に帰ることも許さず、クレトには警戒心丸出しだとか、あれこれと。
もっともエレナは他の従卒と同じ部屋だから、恋人としては面白くないのは当然よね。だけど、あのアルトゥーロだ。彼は今までコルネリオを除けば、誰にも興味を示してこなかった。
以前に何度か彼に恋している娘の橋渡しを試みたのだけど、アルトゥーロは全く無関心。自分にとって重要なのはコルネリオが世界の王になることだけだから、とはっきり言い切っていた。
そんな彼がここまで本気になったのだもの。気になって当然よね。
「ね。教えてちょうだいな」
重ねてエレナに尋ねる。
だけど彼女は真っ赤な顔を下に向けたまま、ゴニョゴニョ言うだけだった。その様子にだんだんと不安になってきた。
「……まさか、無理やり?」
恐る恐る尋ねると、
「違います!」
と叫んでエレナはぱっと顔を上げた。
「それならいいけど。あまりに言わないから不安になってしまったわ」
「だって、あの……」
そう口ごもるエレナは、何故か泣きそうに見えた。
「どうしたの?」
再び彼女の手をとって、そっと包みこむ。
「……良くないと思うのです」
エレナは聞き取れないような小さな声で言った。
「何が?」
「……私とのことが噂になることです」
思わず目をパチクリとした。
「城内で知らない人間なんていないと思うわ」
エレナは困った顔をする。
「どうして噂されたらダメなの?」
「……その。名誉を傷つけるというか」
「そんなことは全くないわ」
どちらかと言えば、今までの節操のなさのほうが問題があるだろう。
「私、どこの生まれかも分からない、身元不確かな従卒です。足を引っ張ると思うのです」
「そんなことを気にする人ではないでしょう?」
だけれどエレナはまたうつ向いた。
「アルトゥーロ様に迷惑をかけたくありません。どうぞ、その、いつものお遊びだということにしておいて下さい」
「エレナ」
静かに名前を呼ぶと、彼女はまたはっとしたように顔をあげて私を見た。
「それはアルトゥーロに失礼よ。彼が本気であなたを好きだと分かっているでしょう?」
どうしてなのか、彼女はますます泣きそうな顔になった。
まだアルトゥーロがエレナを好きだと知らなかったとき。私は彼にエレナとクレトはお似合いねと言ってしまった。その時の彼のショックを受けた表情を忘れられない。
多分自分ではどんな顔をしているのか、分かっていなかっただろう。懸命に平静になろうとしている姿は普段との落差があまりにあり、痛々しかった。
そんなアルトゥーロの本気を、何故お遊びなんてことにしなければならないのだろう。
「……どうすれば良いのでしょう」
「どうするもこうするも。なにひとつ気にすることはないわ。堂々としていなさい。あの様子ですもの。すぐに求婚するに違いないわ」
エレナの表情が変わる。なんとも言いがたい、顔。
「あら。もう求婚されたのね?」
「いえ、あの、違います」
語尾が段々と小さくなる否定。嘘だと丸わかりだ。
「嫌々付き合っているの?」
「違います! 私……」エレナは自分の服をきゅっと握りしめた。「今とても幸せなんです。本当です。だけど、だからこそアルトゥーロ様のお荷物にならないかが不安で」
ううん。よく分からない。
「何か具体的に困っていることがあるの?」
エレナは少し逡巡した様子だったけれど、おずおずと口を開いた。
「ボニファツィオさ……んの断罪の時に、私にも嫌疑がかかりました」
「そうね」
私も建物の中から途中まで見ていた。確かにエレナは槍玉に上がっていた。あれは相当に恐ろしい体験だったに違いない。
「そのせいでアルトゥーロ様も責められそうになりました。私に何かあれば、連帯責任だとも聞きました。身元不確かな私はただの従卒だったとしても、あの方の弱点になる可能性があります」とエレナ。
なるほど。エレナはとても真剣にアルトゥーロを思っているのだ。あの断罪に巻き込まれたからこその、不安だろう。あの時、彼女は震える声でアルトゥーロの無関係を主張していた。
だけど。
「心配ないと思うわ」
彼女の不安を振り払うために、にっこり笑う。
「何故」
「陛下はきっと、全てを失うことになっても親友を信じて守る。だから安心なさいね」
二人の絆は強い。多分、コルネリオ様は国王の位よりも親友を優先するだろう。
「……そう思いますか?」
「ええ。そんな方だから、あなたがアルトゥーロを傷つけたら黙っていないと思うわ。エレナはそちらを心配したほうがいいと思うわよ」
エレナの表情がふにゃふにゃと和らいだ。
「私のことなんていいのです。陛下はアルトゥーロ様の味方をしてくださるのですね」
「そうね。エレナ、あなたはアルトゥーロが大好きなのね」
エレナは恥ずかしげに目を伏せて、少しの間のあと、こくりと頷いた。
「ね、なんて告白されたの?」
「……『お前に惚れている』って」
ほとんど聞き取れないような声で言って。それから、
「みなさんには内緒にしてください」
と早口が続いた。
「まあ。残念。アルトゥーロらしい率直なセリフで素敵なのに」
「……いつか、正式な仲になるまでは」
「そうね。そう先のことではないでしょう」
「……嬉しそうに笑ってくれたのです」
「まあ。あのアルトゥーロが?」
コルネリオ様も滅多に見ることがないと聞いている。
「……ずっとおそばにいたいのです」
「そうね、大事なことよね。両思いでも結ばれないこともあるもの。エレナは思いが叶って幸せね」
彼女は目を上げた。
「はい」としっかりと頷く。「だけれどもう少しの間、私が話したことは内緒でお願いします」
「分かったわ。その代わり、結婚式の時は衣装選びに参加させてもらいたいわ」
「ありがとうございます」
エレナはそう一言だけ言って、こぼれ落ちそうな笑みを浮かべた。
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