1´・1二度目の人生〈3月〉
一体何が起こっているのか分からなかったが、とりあえず目先のことをやらなければならない。
指示を飛ばし戦の後処理に奔走する。
だが記憶にある前回と何もかもが一緒だ。唯一の違いが錫杖を背負っていた男が生きていること。
コルネリオもビアッジョも、俺が男を生かしていることに驚愕していた。とりあえず他の捕虜と共に地下牢に入れたがその中では唯一の騎士だったので、彼だけ離れた牢にひとりで、となった。
捕虜からの情報によると、男は軍団長の息子ダニエレらしい。錫杖の他にも幾つかの国政に関わる品を持っていて、それは前回と同じだ。恐らく開戦前に都を出た王妃たちに届ける役目だったのだろう。
拷問好きのボニファツィオが、落ち合う場所を聞き出してやると意気ごんでいる。
ダニエレは俺と違って真っ直ぐな気性と一目で分かる、爽やかな美男だった。
慌ただしく動くうちに日が暮れて、コルネリオと祝杯も上げ、その後ようやく一息をつける時間がとれた。
というか前回は日付が変わるまで祝杯に酔ったのだが、今回は疲れたからと早めに切り上げた。俺がそんなことを言うのは初めてで、コルネリオはかなり驚いていたが構う余裕はなかった。
後始末に動き回る中、合間合間に口の軽そうな下働きから、あれこれ聞き出していた。
軍団長の息子は、やはり第一王女の恋人とのことだった。身分差があるため王女が結婚するまでとの期限付きではあるが、国王夫妻公認で清い交際をしていたという。
そして第一王女はかなりの男勝りで、子供の頃から幼馴染である軍団長の次男 (つまりリーノだ)と共に、剣術や槍術、騎士の素養を学んでいたそうだ。
今回も都に残ると相当ごねていたらしいが、母親と妹の護衛をしろと父王に命じられて渋々脱出したらしい。
そして。
エレナの本当の名前も分かった。確かに前回もその名前を耳にしていた。だが俺にとって、エレナはエレナだ。
というか、この状況は一体なんなのだろう。
フィーアの王城を以前にも攻め落とし、その一年後にエレナがやって来て、更に一年後に彼女は死んだ。そして恐らくは、俺も。
この二年間が夢とは思えない。あまりにも鮮明な記憶だ。
エレナが初めて見せてくれた笑顔も、抱き締めた感触もはっきりと覚えている。
たが夢でないとすると、信じがたいことだが時間が巻き戻って、二度目の人生を送っているとしか考えられない。
……もし、そうならば。エレナは今、どこかで生きている。
◇◇
深夜。新月から間もない僅かな月明かりだけを頼りに、細心の注意を払って城内を進む。
地下牢の入り口が見える所までくると、松明の元で見張り役の兵士二人が高鼾をかいていた。
酒蔵で見つけたありったけの酒を、兵士たちに出しておいたのが功を奏した。そのときはまだ、明確な意図があったわけではなかったが、良い判断だった。
静かに二人に近寄り、床に落ちている鍵を拾った。松明の火を持ってきたランプに移し、地下に降りる。
幾つかの房を通りすぎ、奥へ。
ダニエレの牢にたどり着くと、濃い血の臭いがした。錠を開けて中に入る。足先で奴を軽く蹴るとうめき声が上がった。
良かった、生きている。
「起きろ」
ダニエレを足でゆすりながら観察をする。鼻血が顔で固まっているから、臭いの元はこれだろう。見たところ、剣で突かれたような傷はない。ただ左足の向きがおかしいから折れていそうだ。
そこを軽く蹴ると、奴は声を上げて頭が動いた。
「起きたか?」
ランプを起き、床に転がっていた棒を拾う。きっと殴るのに使ったのだろうそれを、左足に添えて縛った。
「……誰だ? レナートではないよな?」
レナートとはリーノの本名だ。
「まるでサイズが違うだろうが」
俺は頭巾を深くかぶり、ぼろ布をマント代わりにきっちり体に巻いている。敵か味方か判別つかないのだろう。
「逃げるんだ。頭をはっきりさせろ」
奴の手を引っ張り立ち上がらせ、水筒を渡す。中身は気付けがわりの酒だ。ダニエレはそれをごくごくと飲んだ。その顔は腫れ上がっている。
「お前は誰なんだ」
「誰でもいい。急げ」
左足を引きずるダニエレを連れて、牢を出る。他の房の前で奴は捕虜を見て『彼らも頼む』と言った。
「清廉潔白な騎士様は甘いな。全員で逃げたらすぐにバレる」
エレナはきっとそういうところが好きだったのだろうと考え、胸の奥が苦しくなった。
地下から上がり高鼾の兵士の元に鍵を置き、廊下を静かに通り抜ける。幹部だからこそ見張りがどこにいるか知っており、避けることができる。後ろめたく思いながらも、偶然見つけた城外への隠し扉の元へ辿り着いた。昼間、こいつがいた辺りにあったのだ。
ダニエレに非常食、金、剣と渡す。
「……何故、助ける」
「外は自分で切り抜けろ」
都の城壁にも見張りはいる。だがさすがにそこまで往復する時間はないし、味方にみつかり剣を交える状況も避けたい。
「絶対に逃げ延びろ」
「……意図を図りかねるから、感謝はしない。だが必ずや生き延びよう」
そして奴はさっと扉の向こうに消えた。
それを見届け、俺も踵を返す。
飲み足りないコルネリオが部屋にやって来る可能性もあるから、一刻も早く戻らないといけない。
だが数歩も行かぬうちに足を止めた。
弱い月明かりの元に二人の男が立っていた。
ベルヴェデーレ、そしてコルネリオだった。
「まさかお前――」とコルネリオが呆然と言う。「あの男を逃がしたのか?」
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