8・2 真実と〔3月〕

 フンフの対処をする傍ら、コルネリオはエレナの葬儀を手配してくれた。


 出自も分からない従卒の卵なのだから、着の身着のままで共同墓地に放り込まれて終わりでもおかしくない。それなのに彼女を棺に納めきちんと葬儀をあげ、個人の墓を用意してくれた。オリヴィアは棺に隙間なく花を詰め、何故か自分の婚礼衣装を入れていた。


 俺は……。


 普通に仕事をして、普通に葬儀に参列して、普通に過ごしていると思う。


 エレナの最期を見ていた騎士によると、どうやら敵と相討ちだったらしい。どことなく無謀な攻めこみ方をしたように見えたそうだ。


 きっと後ろ指を指されないよう功を焦ったのではないかな、とビアッジョが言った。





 葬儀の終わったその晩。

 皆が寝静まったのを見計らい、歩いて城を抜け出した。


 彼女が埋葬された郊外の小さな墓地へ行くと、ザクザクと土を掘る音が聞こえた。


 墓泥棒か? どこかに副葬品がたんまり入った金持ちの墓でもあるのだろうか。

 だとしても俺には関係がない。


 そう考えながら墓の間を進むと月明かりの元、墓泥棒がいるのはエレナの墓の前だった。


「貴様、何をしている!」

 スコップを持った人影が振り返る。

 その男はエレナの友人でフィーア出身の給仕、リーノだった。


「何をしている」

 奴の傍らには掘り返された土。

 俺は剣を抜いた。

 だが奴の表情は変わらない。


「収めてくれ。今、戻しているところだ。あと少しで終わる」

 平静な声。どうやら切っ先を向けられることに慣れているらしい。奴の視線が俺の左の手元に向けられた。


「彼女のために野ばらを持ってきてくれたのか。こんな時季によく咲いていたな」

 リーノという男は深く息をついた。エレナをよく知っているような口ぶりに、胸の奥がざわめきたった。


「一体何をしている」

「ちゃんと埋葬しようと思った。だが、棺を開けたら……」

 男は地面を見る。そこに棺は見えない。

「いっぱいの花と婚礼衣装が入っていた」

 どうやら本当に、言葉通りに埋め戻しているらしい。

「……感謝する」と男。


「貴様に感謝されるいわれはない」

「『冷血アルトゥーロ』」

 男の視線がまた俺の手元を見た。


「野ばらの礼に教えてやる。彼女の名前はエレナじゃない。だから正しい名前で彼女に相応しく埋葬するために掘り返した。だが思わぬ礼を尽くされていたから、そのままにすることにしたんだ」


 男の目が真っ直ぐに俺を見る。


 エレナが、本当の名前ではない?


「二ヶ月ほど前か。ボニファツィオという男が密偵として処刑されたな。あいつと同じだ。彼女の目的は密偵。可能ならば、コルネリオとアルトゥーロの暗殺だ。

 コルネリオは彼女の父親のかたき。そしてお前は彼女の兄と――」


 男は言葉を切った。それから。


「恋人の敵だ」


 恋人の敵?


 エレナが来た頃の強い目を思い出す。時おり嫌悪が含まれているような気がしていた。


「俺の兄でもある」と男。「彼女は自分で敵討ちをすると言って聞かなかった。支援してくれているとある所が密偵をおくろうとしていると知ると、自ら名乗り出た。俺は必死に止めたんだが。彼女は強情だし、何より復讐心に燃えていて……。まあ、あとはお前の知る通りだ」


 男は吐息するとスコップを動かし始めた。山から土を掬い、落とす。


「絶対に無理だと思ったし、実際に悩み始めるまであっという間だった。悔しいがコルネリオは民に人気のある王だった。騎士たちも他の仲間も悪人じゃない。ただ立場が違ったから敵となり、家族を殺されただけ。冷血アルトゥーロでさえ、主人としてはまともだった。倒れれば運び休ませ、仕事の出来を褒める。家族も恋人もいて、コルネリオとは深い信頼で結ばれている。無慈悲で残酷な騎士というイメージとはまるで違う」


 ぼんやりと、ひとりで喋る男を眺める。

 エレナはエレナでなく、当初感じていた通り、胡散臭く信用してはいけない人間だった、というのか。


「密偵として裏切ることが辛くなって飯も食えなくなって、どんどんやつれて。でもあんたたちが心配するからと必死に食べて、吐いて、それを悟られないよう細心の注意を払って。逃げ出したくても彼女の妹が支援者に嫁いでいる。逃げれば妹の立場が悪くなるから、それも出来ない。板挟みになって苦しんでいるところに裏切り者の処刑だ」


 あの日エレナは、自分に何かあれば俺も連帯責任かと尋ねた。何故なのか、必死に俺の武具を磨いていた。


「……彼女は俺に言わなかったけどな。お前に惚れちまっていた。殺された恋人への後ろめたさと、敵に惚れる自分に悩んでいるところにあれだ。お前を巻き込む可能性が相当怖かったようだ。ようやく決心して、コルネリオ軍からも支援者からも逃げることにした。二度と妹に会えなくなるが、死んだことにするつもりだったんだ。予定では次の戦で決行でな。戦の最中なら、大量の死体の中から彼女を探すやつなんていない。そうだろう?」


 男は掬うのを辞めて、地面をスコップで叩き始めた。


「……ここ十日ほど全く連絡がないから、心配していたんだ」


 男が手を止め俺を見た。暗い目をしている。


「城の下働きから聞いた。『冷血アルトゥーロ』。なんで彼女に惚れたんだ。そのせいで彼女は死を選んだ」


 彼女は、死を選んだ……?


「ずっとお前を騙していることに苦痛を感じていた。その上お前に本気で愛されて、きっと逃げ場がなくなったんだ。開戦までは待てないとも判断したんだろう。下働きでさえ『あのアルトゥーロ様が女に本気になるなんて』と話していた」


「……求婚した。それがいけなかったのか?」

 エレナはその時、ひどく泣いていた。

「……それだけじゃないだろうよ。開戦までに正体がバレてみろ。さすがに恋人となると、お前の首もマズイだろうからな。……殺すためにコルネリオ軍に潜りこんだというのに、バカな話だ」


 男が墓碑を見た。花輪が掛けられている。そこに彫られているのは名前と没年月日、そして、アルトゥーロの最愛の女性、との言葉。コルネリオが頼んだらしい。


「終わったから俺は行く。彼女の前でお前と戦いたくない。だが次に会ったら、兄の敵を討たせてもらうからな」


 男が脇を通りすぎる。


「『冷血アルトゥーロ』」背後から声を掛けられる。「……彼女はエレナとして眠るほうが幸せかもしれないな。俺はおもしろくないが本当の名前なんかより、エレナのままのほうが、きっと」


 ひとつだけ、ずっと気にかかっていたことがある。エレナは一度も俺を、好きとも愛しているとも言わなかった。

 それでも嬉しそうな顔をしてくれていたから、同じ気持ちでいてくれているのだと思っていた。

 その言葉を口にしないのは、色恋に耽るためではなく騎士になるためにコルネリオ軍に来たから、とか、主従関係だから、なんて自分に都合良く考えていた。


 だけれど違ったらしい。

 エレナはきっと、言えなかったのだ。


 地面にひざまずき、手にしていた野ばらを墓前に供えた。





 ◇◇




 墓地からの帰り。月明かりしかない道を歩きながら、リーノという男の話を考えていた。


 あの男はフィーア出身とのことだった。

 フィーアの国王はコルネリオが、王子は俺が討った。

 そして逃亡していた王妃と二人の王女。自死したとなっているが、確証はない。

 生きて逃げ延びたなら、逃亡先はフンフが一番候補。フンフがコルネリオ軍に密偵をおくりこむのは、十分あり得る。


 話は全て繋がる。


 ……繋がるから、何だと言うのだ。

 今更そんなことが分かったって遅すぎる。エレナはもう、いない。


 求婚に泣きながら『喜んで』と返事をしたとき。彼女はもう死を決意していたのだろうか。

 どうして俺に相談してくれなかったのだろうか。


 今まで王族は皆殺しにしてきたから?

 俺の一番はコルネリオだから、信用できなかったのか?





 と。

 背後に気配を感じた。

 その瞬間、自分の胸を貫いて剣先が現れた。


「はっ! やったぞ!!」


 聞き覚えのある声。

 地面に膝を着きながら振り返ると、そこには以前の従卒が立っていた。汚れ綻びた服。どうやらまともな暮らしをしてないらしい。


 ズルリ、と剣が抜かれ、また刺し貫かれる。


「あんた弱いな! あんたのせいで俺の人生は狂っちまった! けどよ、こんな所で出会えるなんて幸運だ! 従卒の恋人を盗るようなクズにはお似合いの末路だぜ!」




 ……なるほど。

 これも復讐らしい。




 ……今から急げば、エレナに追い付けるだろうか。


 いや、俺は確実に地獄行きだ。会うことは出来ないだろう。


 それにコルネリオ。お前が世界の王になる手助けをするはずだったのに、こんな所で無駄死にだ。すまん。




 だが。

 俺はお前ほど強くない。自分のせいでエレナが死んだと知って、苦しくてしょうがない。

 これから解放されるなら、俺は地獄の苦しみのほうがずっとマシなんだ。







 悪いな、コルネリオ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る