5・2 コルネリオ《11月》
春になったらコルネリオ軍は戦を始める。五番目の国、フンフに攻め込むのだ。
フンフはメッツォから行くには幾つかの山と谷を越えなければならないので、面倒な国だ。ただ、前回征服したフィーアを通れば山ひとつで済む。
本当はフィーアに続けてフンフに向かうつもりだったのだが山は予想以上に自然の要塞となっており、作戦を練り直すために中止となったのだ。
厄介な場所にある国だが良質な鉱石の産出が非常に多く、その加工技術が高い。当然武具も一級品だ。他の国に取られる前に支配下に置きたい。
進軍計画の打ち合わせが済むと、ビアッジョが椅子の背にもたれて
「しかし王妃たちは本当に死んでいるのかな」
と呟いた。目は卓上の地図を見ている。つられて俺もそれを見た。
一年半前に征服したフィーア国。俺たちは必ず国王一家を全員処刑するのだが、フィーアでは王妃と二人の姫をし損なった。女子供でも容赦しないことを知っていたからだろう、開戦と同時に妃の母国であるフンフに向かったらしい。
だが結局、敗戦を知った母子は途中で自害したようだ。
遺体の存在はうちの兵士が確認したが損傷が激しく、それが本物の妃たちかの確証は得られなかった。彼女たちの服装や状況からの判断だった。
ちらりとコルネリオを見る。生まれた時からの幼馴染は、表情のない顔でどこか遠くを見ていた。
俺たちが国王家族を例外なく処刑するのには、理由がある。
コルネリオの最初の妻はメッツォの元王女だ。
コルネリオが王位を簒奪した後、彼女と強引に結婚をした。表向きは旧王家との婚姻で自分の正統性を確立させるためだ。だが本当は違う。
その王女はコルネリオの初恋の相手で、彼が世界の王を目指すきっかけになった女なのだ。
はるか昔少年期のコルネリオは教会に来ていた王女に出会い、一目惚れをしたのだった。それから彼は果敢に王女に近づいて、親しくなろうと努力した。
だが平民の庶子で異質な赤毛の少年なんて、王女の眼中にない。そしてコルネリオを相手にすることにうんざりした王女は、彼が世界の王になったら妻になると言ったのだった。
その頃のコルネリオは父親が誰かまだ世間に知られておらず、友達は俺しかいなかった。
そして、世界の王になるなんて妄想のような夢を笑わなかったのも、俺しかいなかったらしい。
結果的に世界の王になる前に、コルネリオは王女を妻にできた。それでも彼女は夫を庶民上がり、庶子、と貶め嫌っていた。だけれど程なく妊娠。結婚から一年と少しののち、無事に赤子を出産した。
その知らせを聞いたコルネリオが妻の寝室へ向かうと。
そこは血の海で、妻と生まれたばかりの子、産婆、侍女が無残な姿となっていた。
その真っ只中で、ベルヴェデーレに羽交い締めにされた、王女の実の母である元王妃が
「赤毛の汚れた血など王家に相応しくない!」
と狂ったように叫んでいたそうだ。
部屋の外で立哨していたベルヴェデーレによれば、最初に
「お母様!」
「赤毛の子なぞ!」
という叫び声が聞こえたらしい。
元王妃がコルネリオを憎んでいるのは周知の事実だったので、彼は『またか』と思ったそうだ。
だがその後に激しい物音が続いたので不審に思いノックした。
返事は
「助けて!」
というものだった。
彼が慌てて扉を開けると女性三人はすでに刺されて床に伏し、元王妃が短剣を燃えるような赤毛をした嬰児に突き刺したところだった。
それからコルネリオは、より世界の王に固執している。
そして国王家族を皆殺しにするようになった。一切の禍根を断つために。
コルネリオが愛した王女。俺はあいつが大嫌いだった。プライドが高く他人が傷つく言葉を平気で口にする。どうして親友があんな女を好きなのか、全く理解できなかった。
だけれど。
コルネリオが駆けつけたとき、虫の息だった王女は夫に『素直になれなくてごめんなさい』とそれまでのことを謝ったらしい。
彼が妻子の墓参に行かないのは、守ることが出来なかった後悔からだ。いつか彼女が望んだ世界の王になったら会いに行くと決めている。それまでは俺がコルネリオの名代だ。
「王妃たちが生きているなら、フンフにいるだろう。どのみち死ぬのは確定している」
俺の言葉にビアッジョが、そうだなと頷く。
「王族のプライドほど無意味なものはない」とコルネリオを。「火種にならないよう、確実に潰す」
「ああ。フンフではフィーアの二の舞は踏まない」
そう言いながら、国王一家とはいえ女子供の処刑を見たら、エレナはまたショックを受けるのだろうなと思った。
◇◇
会議を終えてビアッジョと二人で廊下を歩いていると、エレナに出くわした。クレトと一緒だ。
なにやらエレナがクレトの仕事を手伝っていたようだ。
「そりゃありがとう」とビアッジョ。「そうだエレナ。いつもクレトを手伝ってもらっている礼を、たまにはしないとな。何がいい?」
クレトはビアッジョの友人の息子だ。やはり代々騎士の名家なのだが、友人は十年前の戦で死んだ。
それからはビアッジョが父親に代わって面倒を見ている。家族の生活費もかなり出しているようだ。
「滅相もありません」エレナが慌てたように断る。「いつも助けてもらっているのは私です!」
「それほどじゃないさ」とクレト。だがその顔はにやけている。
「食事はどうだろう」とビアッジョ。
そういえば。俺はエレナを食事に連れて行ったのは、仕事中必要にかられた時だけだ。プライベートは一切ない。
前の従卒にはそれなりに奢ってやっていたのに。
「だけれど体調を崩していたか」
ビアッジョが気づいたように言う。
「どうぞお気遣いなく」
「回復したら、またうちにおいで。妻も喜ぶ」
「ありがとうございます」
僅かに笑みを浮かべるエレナ。
「それまでにクレトはきちんと礼をするように」
笑顔で頷くクレトと、遠慮をするエレナ。
すっかり親しげだ。
……俺よりも、遥かに。
エレナは俺には見せない表情をしている。
胸の奥がざわつく気がするが、これは、きっと気のせいの筈だ。
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