3・2 襲撃の波紋《7月》
結論から言うと、襲撃者に生き残りはいない。ビアッジョがひとり残したのだが、彼らはコルネリオが最初に滅ぼした国アインスの王族の残党だった。今後の征服計画に利用しようにも、どうにもその価値がないレベル。
ということで、生き残りはいなくなった。
ちなみにこちらの損害は、衛兵二人が軽い怪我をしたのみ。
エレナは無傷の上ひとり倒し、コルネリオから褒め言葉を貰った。だがあまり嬉しそうではなかった。多分、生き残ったひとりのことが納得できていない。
しかしコルネリオ軍はそうやって敵を排除してきたのだ。
その晩俺の部屋で武具の手入れをする彼女は、何時もにも増して口数少なかった。
「不満があるなら言え」
あまりに険しい表情をしているので促すと、強い目が向けられた。視線はすぐに正面に戻る。
「……冷血なのはアルトゥーロ様だけではないのだな、と」
「この時勢で王として生き残るには当然のことだ。それが嫌ならーー」
「分かっています」珍しくエレナが人の言葉を遮った。「辞める気はありません」
「負けるのが悪い。無謀な襲撃をするのが悪い」
「……はい」
「あんな遠方から価値のない捕虜を連れ帰っても何の益もない」
「……はい」
エレナは手を止め目を瞑り、一息吐いた。そして直ぐに元通りに作業を始める。
「無益な殺生を、と思ってしまいます」
「仕掛けてきたのは向こうだ」
「それでも」
「お前はこの時勢を生き残れないな」
「それは嫌です」
それからまた黙々と仕事をするエレナ。
そろそろ行くか、と立ち上がろうとしたとき、
「……アルトゥーロ様は何故騎士になったのですか」
と彼女がぼそりと尋ねた。
浮かせかけた腰をおろす。
「コルネリオに誘われたからだ」
でなければ平凡でつまらない鍛冶職人になっていたのだろう。
「……それだけなのですか?」
またエレナは手を止めて、こちらを見た。
「そう。俺はあいつが世界の王になるところを見てみたい。それだけだ」
「それだけで……」
再び手元を見たエレナは、そう呟いた。
また騎士の風上に置けないとでも考えているのだろう。目がキツくなっている。
「動機はどうであれ、俺には天職だった。鍛冶屋より向いている。品格はなくてもな。甘い考えのお前には向いていない」
「私は必ずあなたより立派な騎士になってみせます」
「コルネリオは喜ぶかもな」
「他人のためではありません。……そういう意味では」エレナの口調が急に変わった。どこか不思議そうだ。「主に忠実なアルトゥーロ様は、騎士らしいと言えるのでしょうか」
「あいつの前で主と言うなよ。怒る」
国王とその片腕と呼ばれる関係になって10年が経つが、コルネリオは今でも俺の主と言われるのを厭う。そういうところが子供っぽいのだ。
「……仲がよろしいですよね。幼馴染だとか。こちらに来るまでは、もっと殺伐とした関係だとばかり思っていました」
「なんだそれは」
「破竹の勢いの若い王と、その片腕である冷血と呼ばれる騎士。てっきり利害の一致による関係なのだと。冷血は、隙あらば王の寝首をかいてやろうという人間だと思っていました」
「本当に過去形か?」
「今でも少しは疑っています。だって幼馴染で同じように育ってかたや王、かたや騎士。大きな差ではないですか。王は姫君を三人も娶り、あなたは未婚。同じ年でこうも違うと……」
「年は違う」
「え?」
「俺は二つ下だ」
「ええっ!」
「なんだ、その驚き方は」
エレナは目を見開ききっている。そんな顔を見るのは初めてだ。
あいつは28だが、俺は26。そんなに俺が老けていると言いたいのか。
「ではコルネリオ様が王になった時はまだ16歳ですか?」
ああ、それを驚いたのかと得心した。その前の伯爵討伐の時はまだ15で、従卒一年目だった。その後、彼の片腕になれと請われて、慌てて叙任を受けたのだ。通常ならば勿論無理な話だ。コルネリオの父親が動いてくれた。
「天賦の才、ですか」
エレナが呟く。
「見直したか」
「……確かに鍛冶屋向きの性分ではないですよね」
「悔しいのなら必死に精進するのだな」
今度こそ立ち上がる。
「コルネリオの元に行く。お前はその仕事が終わったら下がっていい」
「はい」
部屋を出ようと扉に向かう。ノブに手を伸ばしたところで。
「アルトゥーロ様」
呼び掛けられて振り返ると、エレナは立ち上がり頭を下げていた。
「今日はありがとうございました。休ませていただけてなかったら、襲撃に対応できなかったでしょう」
「体力をつけろ。辞める気がないのならな」
「はい」
そのまま部屋を出る。
コルネリオは規格外に精力的で、それに付き合える人間しか側に置かない。どんなに武芸に秀でていようとも、体力が及ばない騎士は側近になれないのだ。
必然的に俺たち側近の従卒にも、同じだけの頑強さが求められる。
エレナは多分、通常の二十歳の女よりは体力があるのだろう。だが今のままでは、足りない。
それを理由にクビにしたいところだが、コルネリオには止められた。
それにしても。この四ヶ月で分かったことがある。エレナの仕事は普段から全て丁寧だが、俺に何か感謝している時は、より一層細やかになる。
今晩のエレナは口数が少なく不機嫌そうではあるが、俺の武具の手入れは最上級の念の入れようだ。
彼女が来てからといいうもの、俺の武具は常に新品のように輝き、ベストの状態だ。前の従卒の時は自分で仕上げをしていたというのに。
◇◇
コルネリオの部屋につくと、既にビアッジョがいて酒盛りが始まっていた。コルネリオが遅いと文句を言う。
「エレナに絡まれていた」
「なんだって?」とビアッジョ。
「無益な殺生だと言われた」
「彼女は嫌いそうだ」とビアッジョが苦笑する。「あの清廉潔白な騎士のイメージはどこから来ているのだ?」
「知るか。お前のほうがよく話しているだろう」
椅子に座り、勝手に酒を注ぐ。
「ちゃんと育てろよ」とコルネリオ。「今のところ何一つおもしろくない」
「なんで俺がお前の娯楽を提供しなきゃいけないんだ。まともな従卒が欲しい。せめて俺を侮蔑してない男」
ビアッジョが笑う。
「そんな従卒が辞めたのは自分のせいだろう?」
「どうせあいつの恋人はアルトゥーロが無視してもボニファツィオあたりに迫った」とコルネリオ。「従卒はエリート騎士に近づくためのダシだった。それが分からない時点で、あいつは駄目だ」
「そうですけどね。純情で良い青年だったではないですか」
「純情なんて、生き残るために必要ない」と俺。
「生きる活力になるぞ、恋は」とビアッジョ。
「必要ないな」と俺。
「いい加減、結婚して落ち着いてもいい年なのに」ビアッジョが苦笑する。
「ああ、煽られもしたな」先ほどのエレナの話を思い出す。「幼馴染で同じように育って王と騎士の差でいいのかと」
「皆、そう言うな」とコルネリオ。
俺はそれでいい、というか俺とコルネリオとは人間的に圧倒的な差があるのだから、当然だと思っている。こいつは生まれながらの覇者だ。
「お前は姫を三人も妻にしてるのに、俺は独りだとさ」
「姫が欲しいなら都合するが」
「いるか。結婚なんて足枷はぞっとする」
ビアッジョが声を上げて笑う。
「足枷と考える時点でアルトゥーロは善人なのにな。エレナは分かっていない」
「やめろ、善人なんて言葉」と俺。
「お前、王に喧嘩を売っているのか」とビアッジョに食ってかかるのはコルネリオ。
コルネリオは三度の結婚をしている。現在の妻が結婚生活最長で、丸四年。最初の妻は一年強で、出産で死んだということになっている。二番目の妻は数ヶ月。父親が欲しがったので難癖をつけて離婚。ぽいっとあげてしまった。
こいつにとって結婚は、足枷ではないだろう。
「コルネリオ様が善人だったら私なんて聖人ですよ」とビアッジョ。
「確かに」と俺。
「まあいい。俺は善人なんてなりたくない」
「だけど一般論ではあるが、エレナは対立を煽っているのか、ただの雑談か」とビアッジョが真顔に戻って言う。
「分からん。その話題の前に、コルネリオと俺の間柄がここに来るまで考えていたのと、実際は違ったという話はしていた」
「『冷血アルトゥーロ』の名が独り歩きしているからな」とコルネリオ。
「戦場では誰よりも冷酷ですよ」と苦笑するビアッジョ。「全く容赦がないのだから。『アルトゥーロの通った後は屍しかない』と有名じゃないですか。ま、コルネリオ様の後もですけどね。あなたは『賢王』のイメージのお陰で、そこまで冷酷な印象がないだけで」
「この世界で生きるなら、普通のことだろう」
コルネリオの言葉に頷く。
「生き残りがいるから、今日みたいな襲撃がある」
「それにしても、どこから漏れたのか」
コルネリオは椅子の背にもたれて鋭い目になった。
襲撃犯は明らかに、計画して潜んでいた。偶然あんな僻地にいるなどあり得ない。コルネリオの行動を知っていたことになる。
今回の視察の場所は昨晩までは、この三人とコルネリオが最も信頼する衛兵二人しか知らなかった。他の人間に伝えたのは、今朝だ。
「ここ数ヶ月、確実に内情が漏れているな」
そう言ったコルネリオは、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。
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