間話1 悪戯
夢野ユカの日常はルームメイトの犬飼ハルに叩き起こされる所から一日は始まる。
「おいこら起きろねぼすけ!」
体育会系のパワフルな一撃が無防備な私の身体に直撃すると、強烈な鈍い痛みと共に私の意識は強引に目覚めさせられた。
「いっだぁっ!」
「もう朝食ないからね!あと、私行くから!ほら行くよポチー!」
忙しそうに着替え終えると、玄関前に待っていた犬を引き連れてそそくさと出て行く。
対して私は痛みが引かずに、悶絶としていたのだけれど…ここでふと時計を見やる。
「こりゃハルが叩き起こすワケだぁ…」
学校が始まるまでもう時間がない。
最近ハルは忙しかったから寝過ごしたんだなぁ…珍しい。
とはいえ私にとってはこれは日常茶飯事、焦る気持ちも芽生えずに、くぁぁ〜っと大きな欠伸を披露する。
「だり…」
もういっそのこと二度寝しようかな。
なんて思考がよぎった矢先、ドンドンっとやかましいノック音が部屋に響いた。
「…ハルってば忘れ物したのかな」
その割にはノックするなんて礼儀良いなぁ。
まぁ、私には関係のないコトだね〜と二度寝しようと柔らかな毛布に手を掛ける、が。
ガチャリ。
扉に鍵閉めてなかったの!?
扉が開く音、そしてかつかつと革靴の音がして可愛らしい声が部屋に響いた。
「ユカっ!また二度寝しようとしてたでしょ!!」
同室の体育会系とは違う、別人の声。
そして、私はこの声の主を知っていて思わず声を荒げた。
「な、なんでお前が!」
ぶわっと汗が噴き出る、革靴を脱いだ音が玄関先に聞こえるとどたどたと足音がこちらに向かってくる。そして。
しゃらんっと金糸が舞った。
「……おはよう、レイア」
口元を歪めて、名前を口にする。
雛口レイア…イギリス人と日本人のハーフで私の古い馴染み。まあ幼馴染というやつだ。
「今日も寝ようとしてたよね?」
「いいじゃん…別に」
きゅっと毛布を握った手を強くする。
じりじりと睨み、にじり寄るレイアに警戒しながら…私は行かぬまいと毛布の中に篭る。
「またユカつむり?もう何度目よ」
「ユカつむり言うな、あとこれで15回目だ」
そして15回中全部が。
「もう、そんなに覚えてるなら結果も分かってるでしょ?」
面倒臭げな声と共に、毛布が翻った。
そう、15回中全部敗北してる。しかし、今回の私はそうはいかない。
翻った毛布を囮に、ベッドから下りてレイアから逃げようとする…が。
「そうはいくものですか!」
圧倒的貧弱な身体を持つ私は簡単に捕まって、体重を掛けられてそのまま押し倒される。
「ユカ、捕まえた」
「くぅっ…」
ニヤリとレイアの口角が歪む。
私は手首を掴まれていて、うまく抜け出せずにいた。自分の運動神経を憎む。
視界いっぱいに広がるレイアの顔は…悔しいが凄く綺麗だ。
流れるように長い薄い金の髪は、窓から差し込む光でキラキラと輝いていて、肌はしっかりと手入れされていて真っ白だ。
そして、私だけを映す翡翠色の瞳。
「学校に行くなら離してあげるけど?」
ニヤニヤと私みたいに意地悪な笑みを浮かべるレイア。……仕方ない。
「わかった…行くから、離して」
その瞳に見られ続けるのは…すごく心臓に悪い。だからいち早く抜け出したかった。
「あら、素直」
そんな私が珍しいのか、目を大きくさせる。言っておけ。
体勢を整えた私は、はぁ…と大きく溜息を吐いてレイアを睨んだ。
「で、なんでいるの?」
「さっきハルに会ったからよ、どうせ起きないから起こしてきてって言われたからね」
「あいつぅ…!」
よりにもよってレイアを寄越すとはなんて意地悪なやつなんだ!!
恨む私を他所に、レイアは驚いたように声を上げた。
「ねぇ、それよりも聞いてよ!ハルってば百瀬先輩に首輪を付けてたの!私ビックリしちゃって」
「あれ?レイアは知らないの?」
「知らないからすごく知りたいわ!」
四つん這いになって廊下を歩き回ってたのに知らないやつがいたんだ…。
驚くレイアに私は逆に驚くと、ことのあらましを簡潔に説明する。
「実はね?ハルが目覚めたんだよ」
「目覚めた?何に?」
「ドSに」
「まぁ!」
驚きのあまり口元を手で抑える。
ししし!信じてる信じてる。
レイアを寄越したんだ、これくらいの悪戯をしても許されるだろ!
「そこに、偶然居合わせていた先輩に「犬になってください!!」ってお願いしたらしくてね?」
「す、すごいわねハル…」
「ほら、先輩って優しいじゃん?だからあんな感じで身体を張ってるってワケ」
「百瀬先輩…すごく優しいのね、でも先輩に犬の役を押し付けるなんてハルはどうしちゃったのかしら?」
「さぁねーーー?」
ウソだからわかんなーい!
「凄く気になるけど、そろそろ時間になるから行くよユカ!」
「ちょっ、引っ張らないでって!」
気が付けば時計の針は刻一刻と迫って来ている、思い出したレイアに手を引っ張られて私は学校へと連れてこられた。
「あ、来た来た…遅いよユカ」
「よくもレイアを呼んだな飼い主め」
それとよくも朝私を殴ったな?
怒りと憎しみを込めて睨みつけるが、ハルには効果なし。なら仕方ないとニヤニヤと笑みを浮かべながら、背中に隠れていたレイアを前に出す。
「あ、レイアちゃん!さっきはありがとね……ってどうしたの?もじもじして」
頬を赤らめて、身体を揺らしながら指先を交わらせるレイア。
そして、口先を尖らせて恥ずかしげに叫んだ。
「あ、あのっ!いくら欲望が抑えられなくても先輩に無理強いするのはどうかと思うの!」
「……へ?」
ぶふぉっ!
「え、なに?なんのこと?」
「ユカに聞いたわ…ハル、あなたはドSに目覚めて先輩に犬のフリをするように強要してたんでしょっ!?」
「えっ!?はぁっ!!?」
あらぬ事実に慌てふためくハル。
それを信じるままに説得するレイア。
やばい、なんて面白い光景なんだと吹き出すまいと口元を抑えながら、目の前で起きているショーに目を離さずに食いつく私。
いいぞいいぞ!もっとだレイア!
少量の涙を浮かべて、ハルに抱き付くレイア。そして、次の瞬間とんでもないことを言い放った。
「そんなに抑えられないなら私が犬のフリをするから!だから先輩に無理矢理しないであげて!」
「ブッフォッ!!」
「いや、ちがっ…ってユカぁッ!!なに笑ってんのぉ!!」
あ、やべバレた。
勢いがありすぎて、バレてしまった。
しかし、目的である悪戯は達成。勘違いしたレイアと慌てふためくハル、そしてそれを中心に驚くギャラリー達。
うん、サイコーー!
面白いものを見た。
その後、私はけらけらと笑いながら退散を試みたが、全てを知ったレイアと鬼と化したハルに捕まって地獄を見ました。
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