7話 気持ち
今日も今日とて調教日和。
言葉というムチで叩いて、なだめて、叩いて叩いてを繰り返す。
最初までは駄犬はドMを発揮して、恍惚な笑みを浮かべて「もっともっと!」っておねだりしてきたけど…流石に。
「もぉ…むりぽ」
どさり…と駄犬が力尽きた。
「ポチーーーーッ!!」
力尽きたポチを急いで抱き上げる、ポチは私とお姉ちゃん…付き添いとしてやってきたユカを交互に見つめると、少しだけ微笑んで「パンチラ…いいよね」とだけ言い残してガクリッ!と息絶えた。
「ぽ、ポチ…そんなぁっ!」
「元気出せハル、ポチはきっと天国にいけるさ」
「ユカ…でも、私的には天国より刑務所に行ってほしい……」
「「そこはイヤでも天国って言えよ」」
ユカとお姉ちゃんに同時チョップを脳天に喰らう。
痛いとも痛くないとも取れないいい感じの塩梅の衝撃で私も我に返る。
「結局、どうしよう?これ」
いっそのこと保健所に連れて行った方がいいのでは?と酷な提案をしようと思ったけど保健所の犬が可哀想だとグッと堪える。
「ねぇ、今すごいこと考えてなかった?」
「いえ、考えてませんよ?」
ニッコリ否定。
「こわっ…」
ドン引きする先輩、言っておきますけどあなたのせいでこうなってるんですからね?
しかし、本当にどうしたものか?
頭を抱えて何度も何度も試行錯誤、それでも失敗するのだから流石に宇宙が見えてきそうだ。
「…こりゃ無理かもなぁ」
お姉ちゃんの諦めに満ちた声が、乾いた笑いと共に私の耳に入る。
「お姉ちゃん…」
「ユリちゃん」
「流石にここまで来て何も進展がないと、これ以上時間を費やしてられないからな…私だってやるべき事もあるし」
そう言う割には結構な頻度で来てませんでした!?
なんて、言う雰囲気じゃないので抑えるけれど。しかし、お姉ちゃんの言う通りでこれ以上時間を費やしても意味がないってなると…。
「まぁお小遣いアップはなしだな」
「な、なんとかせねばぁぁあ!」
「わぉ、ハルってばやる気すご」
ケラケラ笑うなユカ!
私はお小遣いアップに命賭けてるんですぅ!
「よ、ようしっ!やるぞぉ!!」
もうこうなればヤケだヤケ!
残り全てのやる気を消費してでも私はこの駄犬を人間に戻さないと…!!
◆
「むりだーーっ!」
ぐでーっと大声をあげて机に突っ伏す。
全てのやる気を賭して、結果は進展もなく終わり。今は昼休みで食事を終えた私はこうして疲れた身体を休めている最中なんだけど……。
「わふっわふっ!」
喜ぶポチの声、私は「うへぇ…」と顔を歪めて顔を向けた。
あれから数日が経った。
私達の関係は全生徒が知ってるレベルなんだけど…数日経っただけでみんなこの日常に慣れ始めていた。
人間って怖いなぁとしみじみ思う。
だって、あれだけ天才と持て囃されてた憧れの先輩は皆んなからペットとして扱われていて…餌を与えられているんだから。
「百瀬お姉様〜!これ食べてください!」
「先輩!これどうですか?」
「ポチ、ペットフードだよ〜」
ぞろぞろぞろとクラスメイト、はたまた他のクラスや二年、三年生まで先輩の元へとやって来る。
手にはお菓子、弁当の残り、ペットフード……ペットフード!?
と、とまぁ…色んな人から食べ物を渡されたり…撫でたりとペット待遇を受けている。
当の本人が楽しそうだから注意するのも気が引けるのだけれど……。
「ぐ、ぬぬ…」
撫でるのは…。
撫でるのはどうなんだぁっ!?
きゃっきゃっうふふと笑い声の向こうには、撫でられて喜ぶ先輩の姿。
べ、別に私も撫でたいなんて思ってるわけではないんですけどね?でも飼い主としてはなんかモヤモヤとするわけで……だって、いくらペットといえど先輩ですよ!?私の犬ですよ!?
いや、そうじゃなくてつまりは私も撫でた……。
「ぬぬぬぬぬぬぅぅうっ!」
グツグツと腹の底から湧き出る怒りが止まらない。
それはまるでマグマのように粘着質で、高温で…今にも爆発してしまいそうなくらいの感情。それをなんとか抑えながら…私は先輩を睨む。
「んっ!?案外ペットフードいけるかも!」
いけるんだ…。
いやいや、なに美味しそうに食べてるんですか。
「……随分と嫉妬に塗れてるねぇ?そんなにペットが可愛がられてるのが不満?」
けらけらと他人事のように笑うユカ。
私は口元を尖らせながら「別に」と否定するけど、ユカはさらに笑う。
「ウソがへたーー」
「ウソじゃないもん…」
「あれだけ嫌い嫌い言ってる割には大好きじゃん」
「いや、別に大好きなんて思ってないし!」
私は真面目な先輩が好きなのであって!
「ふーーーん」
「なにそのニヤニヤ笑いは…」
「いんやー?真面目な先輩追っかけてた頃より今の方が生き生きとしてるけどね〜?」
「んなっ!?」
すぐさま否定しようと立ち上がる、けどそれを遮るようにユカは眠たげな目のまま言った。
「今のままじゃ無理なら、人肌脱いでみたら?」
そうしたら万事解決かもよ?と楽しげな笑みを浮かべるユカ。
分かってる分かってるけどさぁっ!
「ねぇ、ホントは昔とか今とか関係ないんでしょ?」
「……………ぅ」
「恥ずかしいから恥ずかしいって言えばいいのにさぁ?そんなにおっぱい揉まれるのイヤなの?」
わきわきと冗談半分で手をわきわきさせるユカ。
た、たしかにユカの言う通り昔の先輩とかは正直関係ない…です。
結局、私は恥ずかしいだけなんです…自分のこの胸を触られるのが、触られた途端に変な声が出てしまう自分が。
それが例え、好きな人でも……。
「……それに」
「それに?」
「こ、こういうのって…もっとムードを大切にするべきだと思うの。そんな遊びみたいな…さぁ」
もじもじもじと指と指を絡める。
先輩に揉まれるなら…もっとムードを大事にしたい。
だって好きな人なんだし、それくらい求めてもいいよね!?
「ハルって結構乙女なとこあるよね」
「い、いつだって乙女ですが!?」
「あはは!」
「ねぇ二人ともなに話してるのー?」
笑うユカに睨む私、そんな最中に餌を与えられてご満悦なポチが架空の尻尾を振って戻ってくる。
私の気も知らないでこの人は…。
あほみたいに笑う先輩にイライラが募る、けれどそれと同時に。
どうしようもないくらいの感情が湧き出るのだった。
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