6話 揉む=ダイ


 いや、いやいやいや。

 にやけ顔でボイスレコーダーを突きつけられて、私は冷や汗を流す。

 してやられた…と自身の発言に後悔しながら、隣にいたお姉ちゃんに瞬きしながら、モールス信号で助けを求める。


(た す け て !)

(面白そうだからパスー)


 この裏切り者!!

 声を大にして叫びたい気持ちを抑えながら、眼力だけでお姉ちゃんを威嚇する…のも虚しく、鼻歌を歌いながら他人事と振る舞う姉には効果は無かった…。


 しかし、今は怒るよりも先にこの変態を何とかしないと!!


「い、いや…おっ、胸を触らせるとかそんなの…」

「え?でもさっきなんでもって」

「それは先輩が誘導させたからですよね!?」

「でも言ったよね?」


 屁理屈じゃん!!

 ……しかし、私が言ったのもそれは事実。

 それにボイスレコーダーという悪魔な証拠品が変態の手元にある時点で私は。


 『詰み』の二文字が頭によぎる。

 この変態に…胸を揉ませる?いやいやいや!!いやなんだけど!!

 前の先輩にだったら快くオッケーを出すけど、今の先輩に胸を揉まれるなんてそれは…!


「死を意味する!!」

「え、おっぱい揉んだら死ぬの!?」

「ええ死にます、嫌悪感で」

「そんなに嫌なのぉ!?」


 そんなに嫌なんです!!

 頑なに胸を触らせまいと両腕で胸を覆う。

 

「だ、第一!私の胸を揉んで…なにがいいんですか!」

「え?なにがってそれは…」


 じーーーっと胸に視線が集中する。


「こんなに大きいと…ね?」


 ね?じゃないですよぉおー!!

 そんな大きな山を登るのに理由が必要ですか?みたいなプロの登山家みたいな目をしないでください!!


「ぜっっったいに触らせませんからね?言っておきますけど先輩は私の犬なんです!私の言うことだけを聞いておけばいいんですよ!!」

「く、くぅ〜ん…」


 先輩から無理矢理ボイスレコーダーを奪い取って、それを遥か彼方へと投げ捨てる。

 一部始終を見ていたお姉ちゃんは、相変わらず楽しそうで「揉ませてやれよ〜」と野次を飛ばす。


「揉ませませんからっ!とりあえずもう一度始めますよ!」

「はぁい、残念……」


 駄々をこねる駄犬を黙らせて、もう一度調教を再開させた。



「はぁっ…はぁッ!!」


 荒れる息を整えないまま、私は駄犬を調教しつづける。何度も何度も何度も、叱責をし続けて流石に喉が傷んできた頃に…先輩が倒れた。


「もぅ…むり」


 あのドMの先輩が…倒れた。

 ここまで来てようやく、周囲を見渡す…澄み渡っていた空はすでに夕暮れに支配されおり、気が付けば長時間ぶっ通しでやっていたらしい…。


 だからこんなに疲れてるのか…。

 気が付けばお姉ちゃんもいないし…バックれたなあの人。


「…はぁ、とりあえず先輩これで最後です」

「わ、わん…」

「ご、ご趣味は?」

「盗撮…」


 もうなんなの…。

 これだけ痛い目みて変わらないって相当ですよ、そうとー。しかし。


「これだけやって…進展なしは流石に堪えるなぁ」


 数時間無駄にしたのに、ここまで何もないと自分のやる気にも関わる。

 それに、時間も無限じゃない…刻一刻と迫る交流会にこんな変態を出すわけにはいかない…!

 

 なんてったって私のお小遣いアップもあるんだし、なんとかして先輩を外面だけでも……。


『おっぱい揉ませて!』


 満面の笑みを浮かべる、先輩を思い出す。

 も、もし私が胸を触らせたら…先輩は真面目にやってくれるだろうか…?

 そうすれば、この面倒な時間もすぐに終わるし…お小遣いだって上がる、私が肌を脱げばいいこと尽くしじゃないか……。


「いや、いやいやいやいや!!」


 ないないないないない。

 何考えてんだ私!!しっかりしろ…!


「…………はぁ」



「ねぇ、ユカはどう思う?」


 調教を終えたあと、寮に戻ってシャワーを浴び終えたユカに私は助けを求めるように抱きついた。


「わわっ…拭いてる時に抱きつくなよぉ!じゃまだってぇ!」

「あはは…ごめんごめん」


 たくっ!と面倒臭げに顔を歪ませてオレンジジュースにストローを突き刺すと「で?」と気になる様子で顔を近づける。


「なにがあったのさ」

「……その、さ」


 ごにょごにょごにょごにょごにゃごにゃ。


「揉ませた方がはやくね?」

「だ、だよねぇ…」


 事情を話し終えると、ユカは即答する。

 ユカは無駄なことはきらいだから、成功する方があるならどんなに嫌なことでも平気で選択するからなぁ…


「でも、私はそれがすごく嫌でさ…」

「ん?でも好きなんだろ?」

「………ま、まぁ好きだけどさ」

「じゃあいいじゃん」

「いやでも、私的にはよくなくてぇ!!」

「なんなんだよめんどいなぁ…」


 誰がなんと言おうと私的には嫌なのぉ!

 私は完璧で天才な先輩が好きなのであってあんな劣情に塗れていて性癖のままに動く先輩がいやなのぉ!!


「でも見た目も中身も先輩だぞ?好きな人なんだからそれくらい許容しろよ」

「好きな人だからこそ好きなままでいたいんだもん!!」

「……だるっ」


 ひどいっ!!


「まぁ好き嫌いは放っておいてだな、交流会だっけ?それまでの期限もそこまでないんだろ?いやいや言ってる場合じゃないと思うけどね…」

「ぐぅっ…ま、たしかにそうなんだけどぉ」


 胸を揉まれるのはぁ〜!揉まれるのはぁ〜!!


「ふーーん…じゃあ予行演習として私が揉んでやろう」

「へぇっ!?」


 ぴきりと怒りの音が部屋に鳴り響く。

 いやいや言ってる私に嫌気が差したのか、ユカはわきわきといやらしい手つきでじりじりと迫り来る。

 やめっ、ちょっ!


「ご、ごめんって…!さすがに駄々こねすぎたけど、私の反応は正しいとおもうのっ!?」

「ふーーん、でもお前が肌を脱ぎさえすればこの面倒ごとが終わると思うんだけどなぁ〜?」


 じりじりじりじりじりっ…もにゅん!


「ひぁっ、ちょっ!ほんとに!!」

「はいとーちゃーっく!よし、揉み揉み号この駄々こねおっぱいを揉みしだけーっ!」

『おーーっ!』

「ちょっ、ユカふざけないでってぇ!!」


 ユカの両手が私の胸を揉みしだく。

 ふにふにふに、ぷにぷにぷに、ばるんっ!


「ふぅんっ…!」


 ユカの手の感触と熱が伝わって、思わず声が漏れる。

 しまったと手で抑えるけど、時既に遅し…ユカと目と目が合って…何故かユカが頬を赤くして揉んでいた両手を解いた。


「あっアーー…そんな声、出されるとは」

「ちょっ、いや今のは!!」

「ハルが頑なに断ってたの…分かった気がする」

「だ、だからぁっ!」


 ユカは頬を真っ赤に染めて。


「感度良いね…」


 とだけ呟いて、私に背を向けた。


「だからぁあああああああああ"あ"!!」

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