5話 調教
「随分様になってきたね」
脱走した駄犬を捕まえた後、労いの言葉もなく眠りから覚めたユカは笑いながら出迎えた。
「もう、前の先輩とは違うものとして見ることにしたから…これはもうただのポチだよ」
「ああんっ!ご、ご主人様ぁ!」
「うわぁ…酷い絵面」
ここはさながら地獄。
談笑に満ちていた教室がしんっと静に包まれると、皆地獄の原因である二人を見ていた。
「はぁ…」
「おや?ハルってばもう慣れたんだ」
「まぁね、慣れたくはなかったけど慣れちゃった…よし、ポチ」
「はいっ!」
「挨拶」
「はいっ!!…って、え?」
思わず変態も内容のあまりに私を見た、けれど冷めた視線で睨み返すと大きく震えてクラスメイトの方へと振り向いた。
「百瀬ユキ…もといポチです。よろしくね」
ざわざわざわ。
包まれていた静けさが一転、困惑と焦りが場を支配するとそれを征するように私は立ち上がる。
「みんな、仲良くしてあげてね」
「いや無理だろ…」
すかさずツッコミを入れるユカ。
けどもう知らないし、知ったことかと私は思う。
先輩を追いかけていた時、偶然お姉ちゃんに出会った。
なにか大事な話をしていたようで、どこか困りげな表情を浮かべるお姉ちゃんを心配して私は足を止めて内容を聞いた。
「近々、他校との交流会をするんだ」
「へぇ…そうなんだ」
「それでなんだけどウチには変態がいるだろ?」
いますね、絶賛逃亡中の変態が。
「アイツは変態だけど、その立ち姿や成績故に他校からも憧れの対象と見られてるんだけど……ほら、あいつバレてから自由にしてるじゃん?」
「…うん、そうだね苦労してる」
「ごめんって…まぁつまり、交流会で今の状態のアイツを出す訳にはいかないんだよ…でも、アイツもう振り切ってるからなぁ」
はぁ、とため息を吐いて項垂れる。
そして、頼るように肩を掴まれるとお姉ちゃんは言った。
「そんで飼い主のハルにお願いがある」
「え、いや…私は飼い主にはまだ」
なるとは言ってない…!
「飼い主になったら月のお小遣いを倍にするようにパパに頼むからさ?」
「なります」
「よぅし、それでこそ我が妹だ!」
上手いこと言いくるめられてる気がするけど、お金は大事。
先輩確保のために使った防犯カメラ代がかなり痛くて今は懐が寂しかった。
「それで?お願いってなんなのお姉ちゃん?」
「ユキを外面だけでもいいから真人間になるよう調教しておいてほしい」
「は?」
調教?調教……調教!!?
「なななな、なに言ってんのお姉ちゃん!?」
「いや、犬に芸を仕込んだりするためにも調教は必要じゃん?」
「もう完璧に犬扱い!!」
もはや人として見てすらいない!
まぁ、犬扱いされてるにも関わらず、私が見てきた中でも一番喜んでる先輩からすれば嬉しいことなんだろうなぁ…。
「と言っても、私そんな事出来る自信ないよ?今ですら逃げられて追ってるのに…」
「んー…じゃあこう考えたらいいんじゃない?好きな人を元に戻すために調教するって」
元に戻す。
その一言でピクリと身体が動いた。
確かに、私の手でもう一度あの先輩を戻す事が出来たならそれは最高かもしれない。
「…ま、まぁ、うん。うん!」
「お、効いてる効いてる!…まぁ、あれが素だから戻るもなにもないけどな」
「ん、何か言った?」
「いや?なんでもー?まぁ、そんな事だから!交流会までは変態を抑えられるよう調教しといてくれ!頼むよ?」
なんだか無理矢理な気もするけど、お姉ちゃんに言われるがままに私は頷く。
その後、去っていったお姉ちゃんを見送ってふと窓を見たら先輩がいたので難なく確保に至ったのだけれど…。
「交流会までに元に戻す…か」
外面だけでも元に戻してほしい。
いや、相当無茶なお願いだよね!?
「まぁ、やるだけやってみようかな」
もしかしたら前の先輩に戻せるかもしれない、そう思うと希望に胸が膨らんだ。
それと同時に今の先輩と比べると、果たして戻す事が出来るのか?と絶望が身を包んだのだった…。
◆
「ポチ!お手!!」
「わんっ!」
右手を差し出すとポチは左手で私の手を添える。柔らかな手に包まれて一瞬顔が綻びそうになるのを堪えながら、調教は続く。
「おすわり!」
ぺたんと座る。
かわいい。
「ばーーんっ!」
オーバーリアクション気味に倒れる。
かわいい。
「よし、簡単な命令は聞くようになった!」
これならメインフェーズに移行できる!
そう確信した私はこほんと息を払って、ポチの目を見つめる。
きゃるんっと輝く無垢な瞳を信じて、私は質問を放った。
「ご趣味はなんですか?」
「盗撮!視姦!さりげないセクハラ!あとエッチな妄想!」
なるほど?
「では好きなものはありますか?」
「おっぱい!!」
「お姉ちゃん、もう刑務所に送ろうよ」
「私もそうしたいけどコイツは有用だからダメだ」
「ひどくない!!?」
ひどくない。当然の反応です。
さて、ここまでやって来て思ったことは調教は無理ということ。
良く言うと信念がブレない。悪く言うと犯罪者。
そんな先輩をどうやって調教したものかと試行錯誤してから数時間、お姉ちゃんに協力を仰いだものの、それも虚しく…。
そんな、万策尽きた私達はちょうちょを追いかけるバカ犬を見て苛立ちを隠せずにいた。
「どうしよ?お姉ちゃん」
「そうだな、まず芸を叩き込むには無理強いはダメだな。相手にストレスを与えるだけで覚えさせたい芸も覚えないままになるからな」
「確かに……いや、そのストレスですら嬉々として喜んでるからそれでいいんじゃ…」
「まぁそこらの犬と違ってウチの犬は人語を話すから、話し合うのも大事だろうな」
話し合う…なるほど。
といっても話し合えるかな?変態すぎて話す言葉はどれも未知の言葉のようで、到底話し合えるとは思えないけど…うん、まぁ。
「やってみるよ…」
「がんばれー」
やる気のなさそうな声だなぁ…。
「ポチーおいでー!」
「わんっ!!」
元気いいなぁ…これが初恋の相手とは到底思えないや…。
「ねぇポチ、どうして昔みたいに振る舞えないのかな?」
「もう昔に戻る必要がないから!」
「あるから今こうしているの分からないのかな?」
「わかんない!」
この駄犬!!!
いや、いやいやいや相手は先輩なんだから怒らない怒らない…。
「ええっと…その、昔みたいに振る舞ってくれるにはどうしてくれるかな?出来る限りで私たちも手伝うから」
「なんでも」
へ?
「なんでもは?」
「え、ああ…じゃあなんでもするから……」
先輩に促されるままに私は「なんでも」と口にした事に今更気付いた。
しまったと失言を抑えるように口元を手で覆うけど時既に遅し…先輩はやったと言わんばかりに満面の笑みを咲かせて。
「おっぱい揉ませて!」
と、ボイスレコーダーを見せつけてそう言った。
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