3話 犬


「はい、ということでね犯人が捕まりましたー!」


 生徒会室にて、お姉ちゃんはいつものテンションで犯人確保を告げると、犯人である百瀬ユキを鎖でぐるぐる巻きにした状態で持ってきた。


「ああんっ!ユリちゃんひどいよぉっ!」

「喜んでるくせにひどいとか言ってんじゃねーよ。まぁということで犯人は天才と名高いユキの仕業だったんだが」


 ざわざわと生徒会室が荒れる。

 お姉ちゃんも「まぁ、こうなるわな」と呟いてこの場に居合わせる人達を見ていた。


「え、犯人ってお姉様だったの?」

「てかなにあの顔、変態みたい…」

「なにかあったのかな…」


 困惑と心配の声がどよめき合う。

 そんな混乱に満ちた室内で、死人のような表情で立つ者が一人。


「せ、先輩……」


 それが私、犬飼ハルだった。

 昨日、犯人へとたどり着いた私だったが犯人はなんと先輩だった。

 何か訳があったのかもしれない、そう思った矢先にお姉ちゃんは一言だけ説明した。


『超弩級の変態だよ』


 ?

 と疑問符が湧いた。

 いや、だって先輩だよ?変態な訳ないじゃん!と否定しようとした時に先輩が豹変した。いや、皮を破り捨てた。


 その人は私の知っている先輩じゃなかった。


「いやぁ、ばれちゃったなあ」


 簡単に罪を認めると、隠す必要はないよねと言わんばかりに先輩は私を見た。


「えっへっへへ!これで誰にも隠す事なく曝け出す事ができるねぇユリちゃん!」

「相変わらずキモいなお前…」

「そう言わないでよ〜」

「てか、妹を舐めるように見るなキショい」

「えへへ〜」


 先輩の目は舐めるように私を見ていた。

 足先から頭まで、ねぶりしゃぶるように先輩の瞳は私を映す。

 いつもの先輩ではないイメージとはかけ離れすぎたその姿に私は……。


 ばたんっと音を立てて視界が傾く。

 意識が反転して視界は暗闇に包まれる…そして、微かにお姉ちゃんと先輩の声が聴こえる中、私の意識は闇へと消えた。



 その後、失神していた事を知った私はお姉ちゃんに休めと言われたけど、それを無視して状況を確かめに今この場にいる…のだけれど。


「来なければ良かった…」


 あれは悪い夢だと思ってたのに全然リアルだった…。

 力の入らない腕をぷらぷらとさせながら、ガラガラと今までの先輩が頭の中で崩れ去る。


「あっ!ハルちゃん大丈夫だったんだー!良かったぁ〜!」

「ひぃっ!!」


 ぐるぐる巻きの先輩が私に気付いて満面の笑みを浮かべる、けど今はそれが恐ろしくて一歩後ずさる。


「んんっ、その反応いいよハルちゃん!」


 先輩は私の反応を見て恍惚な笑みを浮かべる、それはもう変態としか言いようがないくらい気持ちの悪い笑みだった。

 そんな絶望する私を無視して、お姉ちゃんは淡々とした様子で口を開く。


「さて、見てもらった通り犯人はこの変態。犯行はバレてないだけでも数百件もあるとんでもない犯罪者だ」


 え、そんなにやってたの!?


「とはいえ、こんな犯罪者でも一応この学園の顔だ…このまま先生に突き出したら停学どころか退学になってしまう」


 それは惜しいと言って、お姉ちゃんは続けるが、私はお姉ちゃんが放った一言を聞いて固まった。

 今、退学って言った?

 確かにあれだけやってたら退学にもなるけど…。


「退学は、やだな…」

「そうだな、コイツを失うのは私も嫌だ」

「!?」


 ぽそりと小さな音量で放った呟きをお姉ちゃんに拾われて、思わずびくりと身体が跳ねる。

 

「とはいえ、こいつは振り切ってるからもう前までのユキには戻らないだろう。だから」

「えへへ〜戻る気ないよ〜」

「うっさい黙ってろ…だから私はコイツを監視して飼うことにした」

「「「へ?」」」


 お姉ちゃんが放った「飼う」という一言に場は静止する。

 勿論、私もその一人に含まれていてお姉ちゃんの言っている意味が全く分からなかった。

 そんな静止した世界でお姉ちゃんは平然とした顔で何かを取り出した。それは首輪……首輪!?


「名前は…とりあえずポチでいいか」


 キュッと油性ペンの音と共に、首輪にポチと適当な名前が付けられると、お姉ちゃんは躊躇いもせずに先輩の首に付けた。


「お、似合ってんじゃん」

「わ、わわわわわわっ!?ユリちゃんってば天才かな!!?私犬になっちゃったぁ!!」

「おーおー喜んでる喜んでる…きも」


 なにこれ?

 視界に繰り広げられる変態の先輩と冷静なお姉ちゃん…私達は面白くもない漫才を見せられてるみたいに言葉を失っていた。


「さて、飼うと言ったが私は生徒会長だ。めちゃくちゃ忙しいし役員に飼い主を押し付ける訳にもいかない…ということでハル!」

「え、は…はいっ!!」


 お姉ちゃんの声と共に、首輪に繋がれたリードを投げ渡される。

 それを難なくキャッチした私だけど何だか嫌な予感が立ち込める…。


「役員でもないお前がこいつの飼い主やってくれ」

「へ…はぁ?」

「よかったじゃねーか、初恋の人をペットに出来てよ」

「いやっ…まって!!お姉ちゃん!?」

「ということで飼い主という名の監視をよろしく!じゃあ皆かいさーーん!!」


 パンッ!と乾いた音が鳴り響く。

 そして音と同時にお姉ちゃんと役員は何も言わずに部屋から離れていった。

 そして、自然と私と先輩だけになった生徒会室で目と目が合う。


「うそ…でしょ?」


 握りしめていた鎖から歪な音が鳴った。

 先輩はもう犬の気分なのか「へっへっへっへ」息を荒くさせながら目を輝かせて私を待っている。


「ごしゅじんさまー!!」

「いっ…!!」


 今日この日、私は犬を飼う事になりました。

 名前はポチ、犬種は百瀬ユキと言うらしく頭もよくて人語も喋れるらしいです。

 いわゆる天才犬ですが、欠点を抱えています。それは……。


「いやぁぁぁあああああああああ!!!」


 とんでもない変態なんです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る