きゃわわわわんッ きゃうぅぅぅぅぅッ

副音声:ちゃらりーん♪ちゃらッちゃらッちゃらッちゃらッちゃッちゃッちゃッ♪




【第⑫わん! ポチ、芸を仕込まれ芸達者の道を進むの巻】



「我が家を改築しようと思う」


「はぁ?何言ってんだよ親父おやじ!この家のどこにそんな金があんだよ!」


「最近、老朽化した防壁を破壊して家屋内に侵入して来る魔獣被害が多発しているようなんだ。拠ってこの際だから我が家を改築しようと思う。それに改築すれば、お前達に一部屋ずつ部屋を渡す事も出来る」


「マジか?!それなら姉ちゃんと一緒の部屋で縮こまって生活する事も……」


がしッ

「れ〜ん〜た〜ろ〜お〜?あたしに何か文句があるのかな〜?」


「ななな、何でもありません、おねえさま」


 とある日のとある夜の出来事。緊急家族会議が開かれたこの家に於ける議題は「我が家の改築計画について」だった。

 姉弟は小さい部屋を天井のカーテンで仕切って共有している。故に自分専用の部屋と言うモノに憧れがあった。

 自分の部屋があれば姉は弟の視線を気にせずに着替えが出来るし、弟は姉に事なく自分の好きな事に没頭出来るからだ。


 思春期を迎えた異性の姉弟が一緒の部屋で生活すると言う事は、想像以上に難しいのは当たり前の事だった。



『確かに、二人の部屋は狭い。吾輩の国にあった召使い部屋よりも小さい部屋だ。この国の民は狭い家に住み、狭い所で寝起きするクセに偉く美味しい食事を摂っておる。どうやら食費に金銭の使い込みが過ぎると見える。いや……だが、本当に食事は確かに旨いが……』


「ところで親父。家を改築するにしても、その間はどこに住むんだ?」


「近くに公営住宅があるだろ?工事期間はそこを借りられるから、改築が終わるまでそこに住もうと考えてる」


「えぇぇぇぇッ!公営住宅って、狭いじゃん!2DKしか無いよ?家族四人で川の字になって寝るつもり?」


 一応、ポチも家族会議に参加する形で話しを聞いているが、ポチの事など一切話題に出て来るハズも無い。拠って、「四人で川の字」の中にポチの入り込むスペースなど無いが、「川の字」を知らないポチに伝わるハズも無い。



「取り敢えず、お前達も覚えておいてくれ。近々日中に銀行員が来て融資の相談やら色々としなきゃならんから、その際は邪魔をしないようにな」


『ギンコウイン?よく分からんが来客があると言う事か?まぁ金策に苦労するのは吾輩も確かに辛かった……な』


 斯くしてポチは過去の自分と重ね合わせていたが、そもそもポチの国が傾いたのはポチのせい……と言えなくもない。

 拠って重ね合わせられた方がその事を知れば怒るだろうが、そもそもポチが生まれ変わって犬になったなどと言う事を知る由もない。




「なぁ、姉ちゃん。ポチって頭いいよな?」


「そぉ?ただの食い意地が張ってるだけのバカ犬じゃない?」


「だって、「「よしッ」って言ってから食べろよ」って教えたら、ちゃんと「よしッ」って言うまで待ってるよ?床がヨダレまみれになるけど……」


『ふふん。吾輩は天才だからな。それしきの事で旨い食事にありつけるのなら、いくらでも待てる!だが、やはりこの娘、吾輩のコトをバカにしくさっておるな?今に見ておれよ……この前の玄関での闘いの恨みは忘れておらんぞ?』


 ポチは家の中では特に籠に入れられたり、柵の中に入れられる事は無い為、自由気ままに好きな場所に出入りしているが、大体は恋太郎の近くにいる事が多い。

 “ポチ的序列”と言うのがあるのか無いのかは分からないが、食事をくれる者こそがポチにとっての上位者である事に間違いは無かった。


 一方で恋太郎はエサに釣られるポチに対して様々な芸を仕込んでおり、言語を理解出来るポチは直ぐ様その芸を実践していたのだった。こうしてWin-Winの関係の恋太郎とポチの間にはいつしか友情が芽生え……たりは無いが、完全に餌付けされたポチは恋太郎の言う事はしっかりと聞くようになって行った。




「——はい、それではこちらの書類にサインをお願いします。あと、こことここにも」


 あくる日の日中に来客があった。家の中には家主とポチだけがいた。来客は銀行員であり、その銀行員はリビングに通され、テーブルの上には家主が慣れない手付きでお茶と茶菓子を出していった。

 ポチは来客に対して興味などなかったが、恋太郎のいない家ではやる事が無いから取り敢えず来客の様子を見に行く事にしたのだった。


 それにダイニングテーブルのような高さなら状況は分からないが、ポチの立ち位置からでもリビングテーブルなら足を付けば容易に見渡す事が出来る。もしも来客が不正を行うようならポチはこの家の番犬として物申すつもりだった。

 しかしながらポチは文字は読めない事から、書いてある内容が不正であっても分かる訳がないのだが、それはただの雰囲気作りの一環……としか言いようがない。


 要するに来客が持って来た書類に、嘘偽りが無い事をとでも言いたげな表情だった。



「えっと、こことここ、あとこことにサインですね?」


『ふむ、どうやら金策はなんとかなったようだな。だがそれにしてもこの国では金貸しに茶と菓子でもてなすのか。だが、あの金貸し……もてなされた茶と菓子に口も付けんとは……なんたるだッ!家主は言わば王であり、王から下賜されたモノに手を付けぬとはなんたる不敬!』


「はい、ありがとうございます。これで後は審査が通ればご融資出来ますので、それまでお待ち下さい」


。これでこの家も——あッ!?」


 その一言でポチは咄嗟に動いていた。それは条件反射と言うか脊髄反射のような素早さだったとしか言いようがなく、家主と銀行員の二人はただただ呆然と見ている事しか出来なかった……。



『ばくッ!ばくばくッ!』

『びちゃびちゃびちゃッ!』


げふぅ


『うむ!実に旨かった!茶菓子も茶も美味である!この者が食さぬから、吾輩にお鉢が回って来たと言う事であろう?どれ、吾輩はちゃんと綺麗に食したぞ?褒めよ褒めよ褒め讃えよ!』


 家主が「よし」と言った結果、ポチは銀行員の前に出されていた茶菓子と茶を勢い良く飲み食いしていったのである。


 その食べ方は一心不乱で食い散らかすように食べた為、食べカスは辺りに飛散して行った——

 その飲み方はカップに口を突っ込み、お茶を溢しながら飲むほどに豪快だった——



「な……なな……ななな……え……えっと……凄いワンちゃんですね……。ですが……書類にお茶が……」


「あ……こ……このバカ犬ぅッ!」


ぼこッ


『何をするかッ!吾輩は「よし」と言われたから、食べて飲んだだけだッ!そもそもコヤツが出されたモノに手を付けておれば、吾輩とて奪わなかった!手を付けなかったコヤツが悪いのだッ!吾輩は何も悪くないッ』


 ポチは突然降って来た家主の拳に対して、目を尖らせて自分の言い分を言ったワケだが、通じる訳が無いのは当然の事だ。

 だが通じた所で納得するハズが無いのも事実としか言えないだろう。

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