第6話 この世界で一番、俺がいちゃいちゃしたい彼女

 金魚の視線が揺らいだ。


「どうして?」


 俺は深く息を吸った。

……なんとか、なんとかだった。最後の力を振り絞ってとはいいすぎかもしれないが、なんとかキスを押し留めた。

 この子とキスをしたらいけないんだ……どれだけ大好きな彼女の姿をしていたとしても。

 金魚はくしゃりと顔を歪ませる。


「金魚だから、ダメなの? 金魚とキスしたくないの?」


 そうじゃないよ、そうじゃないと、俺は頭を横に降った。君は本当に魅力的なんだから、ただ、出会うタイミングが悪かっただけだから。

 だから、泣きそうになる必要はないんだ。

 俺は金魚をなだめる。その上で俺は彼女に伝えた。


 いちゃいちゃはね、好きな人だからしたいんだよ、と。

 心底好きだから、キスをしたいんだよ、と。

 だから君のパパとママはいちゃいちゃしていたんだ。

お互いが大好きだったから。


 金魚はすうと息を吸った。

 曖昧に笑っていると言うか、泣きそうなのをこらえていると言うか、一言で言えないような表情をしていた。


「じゃあ、そんなことを言う君はいるの? キスしたいくらい大好きな人」


 俺はしっかりと頷いた。

本人のいないところで言うなんて、ちょっとずるいかもだけど、しっかりと言った。


「ああ、いるよ、愛理が好きだよ」


 こみ上げる感情と、顔を伏せたくなるほどの照れを感じながら、俺は言葉を続けた。


「好きだから愛理とキスしたい、君は愛理の身体にいるけど、愛理じゃない……だから出来ないんだよ」


 言ってしまえば短い言葉だった。これを言うのにどれだけ時間かかっていたのだろうと思うくらいに。ただ、この告白を伝えたのは、愛理の姿をした金魚だったけど。


 金魚は目は見開く。決定的な言葉に動揺しているのかと思ったが、思いの外反応は静かだった。

 ゆっくりとゆっくりと、言葉を咀嚼していくようだった。金魚はぽつりと言った。


「そっかぁ、そっかー……」


 彼女はぐすっと鼻を鳴らした。

顔を上げて、けして下を向かないようにする。それが彼女なりの意地のように思えた。

 彼女はこわばりがありながらも、でも能天気さを出した声で言った。


「確かに、パパとママはお互い好きだって言ってた……愛し合うっていうんだっけ……そういう関係だった。あはは……そっか、そうだよね……君と金魚は……そんな関係じゃない……」


 彼女はぐいっと目元を拭った。目元からキラキラした粒が舞った気がした。改めて彼女を見ると、彼女はとびきりの、キラキラとした笑顔を浮かべていた。


「でもね、さっきの、愛理ちゃんのことが好きだって言った君……カッコよかった、金魚すっごくドキドキしたよ」


 愛理の身体が白くうっすらと輝いていく。


「だから、キスできなくて残念……でも今度生まれ変わった時、きっと……君のことを好きになるよ」


 輝きは勢いよく増していく。声を掛ける余裕もなく、ただ目を守ろうと目をつむり、やがて開けた時には、倒れ込む愛理の姿があった。

 俺は慌てて彼女の身体を抱き起こす。

一体、どうなったのか、金魚は、愛理は、と考えていると、愛理の口から声が漏れた。


「あ、あれ……私……」


 意識を取り戻した彼女の表情は、愛理そのものだった。ああ、金魚は空にいったのかと確信する。ホッとするような、金魚のこれからの旅路を祈るような、不思議な気分だった。彼女は抱きかかえる俺のことを見ると、バッと顔を赤くした。


「あ、あぁああっ。あんた、何を言ってるのよ」


 え、何も言ってないけど今っ、

 さすがの俺も狼狽する。そんな俺に対して、彼女は恥ずかしそうに唇をとがらせた。


「告白したでしょ、私が好きって、金魚に……! 私、全部聞いてたのよっ」


 彼女はだいぶ混乱していた。そんな彼女に俺は。


 え


 ええ

 

 えええええ……と愛理に負けないんじゃないかと思うくらい、混乱し、顔が熱くなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る