第5話 「キスしたいの」と幼なじみの顔で、君は言った
「もう、終わりにしようって……どういうこと?」
金魚の表情に初めて戸惑いがうまれた。どうしてそんなことを言うのか、わからないと顔に書いている……。
俺はもう一度言った、もう終わりにしようと。
金魚の眉がへにょりと下がった。胸の前で拳を握って縦に振る。
「なんで終わっちゃうの? いちゃいちゃ楽しくないの?」
アニメが終わることに納得がいかない子供のようだった。その態度を見て、金魚にとって、いちゃいちゃとは何だったのか、それがようやく理解が出来た。
金魚にとっていちゃいちゃは、遊園地でジェットコースターにのるのと違いがないのだ。楽しい乗り物に乗り続けるようなもの……だから終わるということが納得いかないのだ。楽しいをずっと続けようとする。
楽しい時間と思ってたんだな。俺もドキドキして刺激的だったけど、金魚のように楽しいかというと、複雑だった。
きっと金魚は人に対する理解度……というのが、ちょっと足りない。いちゃいちゃは楽しいものという認識だけが先行している。逆にいえば、どうして金魚は、いちゃいちゃが楽しいと思ったのだ。
俺は気になってしかたがなくなった。
気にしなくていい、ある種どうでもいいことなのに、気になる。きっと金魚に魅力があったからだ。
だからこうして、気になってしまうのだ。
俺の金魚への疑問に、金魚はんーと考え込むことなく、すぐ答えた。
「いちゃいちゃが、とても楽しそうだったんだよー」
彼女はそうして、思い出すような遠い目をして語りだした。
「金魚を育ててくれたパパとママは、とても仲良しだったの……いっつも金魚をかわいがってくれた、本当にね、大好きだったの! パパとママはいつもお互いにちょっかいというのかな、そういうことをしてて。ラブラブだったの……金魚は水槽の中にいたけど、二人の間でいちゃいちゃしてるところを見てみたいって思うくらいだった……いつか金魚もいちゃいちゃしたいなぁって思ったんだけど、そんなこともなくて……幸せに老いて死んじゃった。それで神様に天に君は行くんだよって言われた時、金魚はそれがとてもいいことだと思ってるのに、しょんぼりしちゃったの。いちゃいちゃしたいって心残りがあったから……神様は金魚の事情を分かってくれて、君を人間にすることは難しいけれど、一時的に人間に宿してあげようって。それでこの子の体に入ったの……この子ね、私が見ている中で、一番自分が自分でなければいいって、願ってたから」
金魚は自分の体を見回す。
「あいつの前で可愛くない自分なんて、嫌って」
衝撃が走る。
そうだったのか……独り言のように呟いてしまった。
金魚が愛理の身体に入った理由を知って、言葉になったのは、そうだったのか……だけだった。
そんな俺の様子に目に入ってないのか、金魚はのんびりと話す。
「金魚はね、楽しいことをしたいの、パパとママが楽しそうにしていたことを、金魚もやりたいの」
金魚は目を輝かせる。
「とくに一番やりたいことあったんだ」
呆然としていた俺だったが、その言葉に反応してしまった。何をやりたいというのだと言ってしまった。
若干自暴自棄だったのかもしれない。ヤケになると思考があまり動かない。
彼女は反応してくれた俺に嬉しかったのだろう。嬉々して言った。
「キスをしたいの!」
え、と思った。キス? キスって。愛理の体で?
悠長に思考している場合ではなかった。
その間に金魚は俺に大きく詰め寄ってくる。抱きついてきて、ぎゅっと腕に力を込めた。離さないといわんばかりの強さだ。
「キスをしたら、お空にいくから……体はちゃんと返すからっ」
彼女はせつなそうに目を細める。
「金魚と、キスして……」
ささやかれた声は頭がジーンとしそうなほどに甘い響きがあった。甘すぎる。はちみつで聴覚をおかされたみたいだ。
抱きつかれた俺に、ゆっくりと愛理の顔が迫ってくる。
女の子をふりほどく力はあるけど、何も出来ない。
なにか、今までの金魚の接近と訳がちがっていた。それに、じっくりとくるせいか、感覚が昂っていく。
ああ、やばい……。
触れそうなくらい近づいた、柔らかそうな唇が、あまりに魅力的で……。
その行動の瞬間
鳥の声が大きく響き渡った。
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