第4話 無邪気な君と、困惑する幼なじみと、

 荒く息をつく。こんなに早いものかと驚きながら、彼女を追いかけた。そうして、池の岸辺にたどり着くと、すでに金魚は靴下を脱いでいる。

 岸辺は、池のそばに来られるように、小さな柵と木で舗装されているので、彼女はずんずんと池に向かった。思わず腕をつかむ。


「わ、わ、どうしたの?」


 自分の行動をとめられて、わけがわからないだろうが、それでも俺は頭を横に振った。


「えーでも、涼しいよ、金魚泳ぐの得意だし!」


 いやいや、君はそう自認していたとしてもそうじゃないから!

 俺は必死な思いで説得した。傍から見れば、どういう会話をしているんだと思われそうだが、構わない。

 俺は彼女に何かあったら大変なんだ、困るというか、恐ろしくてたまらないんだ……。


 金魚は不服とまではいかないが、どうしていけないのか理解しきれないようだった。水に触れることに抵抗がないというか、とにかく不可思議そうにしていた。


「わかったよぅ、じゃー、靴下はくー」


 彼女は名残おしそうに池を見ながら、靴下を履く。さすがに座って履く気になれないようで立ちっぱなしで履こうとする。

 ベンチのないところで、よく脱いだな……と思ってしまった。

 しかしこれで、金魚が池にドボンと入るなんてことは避けられたわけで、一大事は免れたわけだ。


 ホッとして胸をなでおろしていると、靴下を履いている途中の金魚の体がゆらぎはじめた。バランスが上手く取れてない。


「あわああ、た、助けて」


 小さな悲鳴が上がる。体がいよいよ大きくゆらぎ、金魚はそのまま地面に転げる……寸前で、俺が体に腕を回した。

 なんとか支えようとするが、さすがに体の重みが勢いよくきて、俺も立っていられなくなった。二人仲良く、どすんと木のテラスに転がる。


 痛いっ……声にならない声が出る。なんとか、彼女を守ろうとしたので、露骨に地面に体が当たった。頭を打ってないのが幸いなくらいだ。ゆっくりと体を動かして……えっとなった。


「え、え、あ……やぁ……」


 彼女の声は明らかに上ずっていた。視線をきょろきょろと動かし、どうしようと言わんばかりだ。頬も赤く、自分の胸元に手を当てていた。


 神様、これはどういうことですか。

 俺、彼女のことを押し倒しているんですけど……。

 彼女は困惑と、恥ずかしさに満ちた声で。


「あ、ありがと……助けてくれて」


 それから、小さく。


「ち、ちかいぃ」と言った。


 ぎゅっと目をつむり始める始末である。

 え、なんで君がそんな態度なの。散々接近してきたではないですか。まさかこの子、人からの接近には弱いタイプなのか。自分から仕掛けるのは平気だけど……ってやつなのか。


 あわあわとする金魚に、衝撃で呆然とする俺。

体をどければいいのだが、呆然としたまま動けないでいると、人魚がゆっくりと瞼を開いた。


「え……」


 彼女の表情はさっきまでのと明らかに違っていた。目を見開いた彼女の表情は、いつも見慣れている感じがした。そう、愛理の表情だった。


「ちょ、近いっ!」


 彼女は俺を突き飛ばした。わっと声を上げ、尻もちをつく。

それもまた痛いのだが、今の俺にとってそんなことはどうでもよかった。目の前の彼女のことしか考えられなかった。


 愛理は自分の行動にびっくりしたのか、すぐに俺に近づこうとしたが、立ち止まる。そして手で髪をくしゃっとさせて、目を白黒させる。


「ねえ、どういうこと……何、この記憶……私、なんで、あーんをあんたに……」


 それは金魚と名乗った彼女のやったことだが、今の愛理を見ていると、あの時、意識がなかったのか。

 

 ……やはり金魚という存在が、愛理の中にいたのだ。

俺は確信した、でもそれ以上に愛理と会えたのが嬉しくなる。

 俺は愛理を落ち着かせようと声をかけようとした。


「あっ、体が……」


 愛理の言葉に遮られた。

 あやつり糸に操られたかのように、愛理の体が動き出す。

そして俺と手をつないだ。しかも恋人つなぎだ。指をしっかりと絡めてくる。ぎゅっとした感触……俺はこれ以上にないくらい赤面した。


「あ、あ、違うの、こんなことする、つもりないのに……体が勝手に……ごめんね、ごめん……なんで、こんなことに……」


 俺に対する行動に、おろおろしきった愛理は、もはや泣きそうである。

 落ち着け、愛理、お前は何も悪くないんだ……きっとこの原因は。

 

「やったー、これって、恋人つなぎっていうんだよね……いちゃいちゃだっ」


 金魚の無邪気な声が聞こえる。愛理はまた、金魚になっていた。

 金魚は楽しそうに、いちゃいちゃを楽しんでいた。


 やめろよ……俺の大事な人を無邪気に弄ばないでくれ。


 俺は静かに言った。


 もう、終わりにしよう

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