第2話 幼なじみの接近度がすごすぎて、倒れかけてますけど、問題はそこじゃないんです

 昔の話になるが、愛理は俺に対して素直だが、周囲に対しては引っ込み思案と言うか、あまり感情を見せない子だった。俺からすれば愛理は顔も心も性格も、全てが可愛い子だった。それは好きという感情を持っていたせいからかもしれない。でも愛理は可愛いんだ、めっちゃ可愛いんだ。


 ただ成長するにつれて、少なくとも俺は、言いたいことをうまく言えなくなり、彼女も態度を硬くしていったけれど。


「アイス、おいしいね……こんな甘くておいしいなんて知らなかったなぁ、もっと早く知りたかった」


 ……アイス食べたことないとか、絶対ウソだろと突っ込んではいけない……。

 彼女の隣に座りながら、俺は拳を握ってこらえていた。


 俺は今、幼なじみの愛理とデートをしている。幼なじみはなぜか自分を金魚と言い出しているし、とんでもなく性格が変貌しているが、そのことは黙って受け入れるんだ、俺!!! とこらえている。


「そういえばさぁ、君はジュースだけでいいの? こんなに暑くて……お水にはいりたくなっちゃうくらいなのに」


 俺は大丈夫だよと言い、俺のことはあまり気にしないでくれと言い連ねる。

 それに彼女は不思議そうな顔をしたが……唐突に何かに気づいたかのように表情を変え、舌でちろりと口の端を舐める。


「えへへ、なんか変な感じしてると思ったら、甘いのついてたみたい」


 無邪気に笑う。素敵な落とし物でも見つけたと言わんばかりの顔だ。いや、ほんとヤバいくらいに可愛くないか……でも違和感もすごいけど……


 彼女は俺の顔をじぃと見つめてきた。

 ど、どうしたのだと思わず身を引くと。


「顔が真っ赤だー暑そう……」


 確かに暑いのもあるが、彼女との距離感が近いことも影響している。すこし距離を取ろうかと静かにそっと離れたら、すぐにさらりと距離が詰められた。


 まるで親ガモについていく子ガモのように、一定の距離の詰め方をしてくる。


「やっぱ冷たいもの、食べたほういいよ……そうだ、アイスをちょっとあげるよ」


 え、と思う間もなく、彼女はさくりとアイスを木のヘラですくい、俺に差し出す。彼女は得意げに笑った。


「金魚知ってるよぉ。あーんとするんだよね」


 彼女は俺の口元にヘラを差し出す。


「あーんして? あーん」


 ……ぷちりと何かが切れる音がした。

 多分意識が現実に対応しきれなくなった。

このまま、受け入れたら間接キスである。間接キスにビビり散らかしているわけではないが、ウソです、ビビり散らかしてます、こんな展開、漫画だけだと思っていました。俺はわりとピュアなんだなって思いました、許してください、神様、お願いします……。


「わ、わっ……大丈夫っ? だいじょうぶー?」


 愛理の声がだんだんと遠くなる……ああ、これ重度の目眩だわ……。



 女の子の行動に理性と感情が一気に沸騰して、ぐらりと身体が揺れて、意識も遠のいたのも覚えている。

 気がついたときには横になっていた。目元に何かがかけられていた。濡れたハンカチだろうか……。

 また後頭部に柔らかい感触がある。うすらぼんやりとした頭でうまく考えられないが、俺はどこで寝ているんだ。


「あ、気がついた、心配したよ」


 目元のハンカチが取り払われる。目の前に愛理の顔があった。俺はすごい勢いで起き上がる。ウソでしょ、まさかと思ったら、俺は愛理に膝枕されていたようだった。

 女の子の太ももの上に頭を預けていたなんて……起きたてそうそうで、理性がおかしくされそうだ。


「倒れちゃったから、危ないなーって、横にしてたの。ちょうど、ベンチが木陰だったから、良かったね」


 さらりと行われた気遣いに、ちょっと俺は度肝を抜かれていた。愛理は我慢強くて、すぐにへこたれてしまう俺に、もっとがんばれと発破をかけるタイプだったからだ。適切な介添えといえばいいのか、そういうことに関して無頓着だった。

 明らかに戸惑う俺に、彼女は小首をかしげる。


「どうしたの? 夏に具合が悪かったら、私を育ててくれたパパとママは、お互いに、こんなことをやってたよ」


 その言葉に俺は動きを止めた。

 パパとママ? だって?

 愛理の家には父親がいない。シングルマザーの家だ。

記憶がない頃にいなくなったから、父親に対して、なんも思うことはないと愛理は言っていた。


 でも今、愛理は、パパとママがいるように話していた。

ロールプレイというか金魚という設定で、もし話していたとしても、ここまで自然に、話せるのだろうか。


 俺はかすれた声で聞いた。パパとママは仲良かったのかって。彼女は大きく頷いた。


「うんー、金魚が見ている前でも、行ってきますのチューとか、いちゃいちゃしてたの」


 きゃーと金魚は自分の頬に手を当てる。思い出して恥ずかしそうだ。その仕草にウソを感じられない……俺は彼女のことを目を見開いて見た。背筋が伸びた。


 何がなんだかわからないけど。

 ……目の前にいる少女は、俺の知っている


【愛理】なんだろうか。


それとも


【金魚】なんだろうか。


 

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