第十九話 「閉ざされた部屋」

「お、落とされた―――?」


「ど、どう言う事? 鮎人?」


「・・・・」


ステージの下の暗がりから


孫の言葉が聞こえて来るが、


鮎人はその声を無視して、ステージの天井に


下半身だけ突き出している伊坂を見上げる


「あの時間、犯行現場には


誰も出入りできなかった―――」


「それは、さっきも言ったと思うけど...」


「・・・・」


促している様な村上 千晶の言葉に答えず、


鮎人は更に言葉を続ける――――


「そして、この部屋の中に居る全員には、


アリバイがあった....」


「だ、だったら伊坂は自分で部屋から


 飛び降りたんだろう?」


「・・・!」


"スッ"


「・・・?」


"パッ"


「っ!?」


「い、伊坂の部屋・・・」


鮎人が、イに向かって目配せすると


今までのデッキ上の映像から、再び、


今空中に浮かび上がっている


伊坂の自室の映像が映し出される――――


「・・・この部屋の、バルコニーの部分を


 見てください」


"スッ"


「い、伊坂が――――」


「き、消えた――――...」


事件の検証に必要ないと思ったのか、


イがパソコンを操作すると、視点が


デッキから伊坂の部屋に移り


浮かび上がっていた伊阪の体がまるで


霧の様に消えて行く


「この、手すりの部分――――」


「―――.... !?」


「あ、ああ、手すり――――」


目の前の光景に驚いているのか、


ステージの下にいる事務所のメンバーが


意識を鮎人に向かわせる


"パッ"


「い、伊坂が――――」


「ま、また出た...」


「・・・・」


"パッ"


"パッ"


消えたと思った伊坂の体が、


再び、鮎人が立っているバルコニーの部分に現れる


「伊坂さんは、自ら、自分の手によって


この自室のバルコニーから飛び降りた...」


「そ、そうじゃないのか?」


"スゥウウウウウウウウウウウ...."


鮎人の言葉に合わせているのか、突然現れた伊坂は


鮎人の前を無言で横切ると、そのまま


バルコニーの手すりから部屋の真下へと


手すりをすり抜ける様な形で


真下の甲板部分へと落下していく


"バンッ!"


「・・・でも、これって少し


 おかしくないですか―――?」


"バンッ!"


"バンッ!"


伊阪の体が、よく分からないが


地面に落下した瞬間を再現しているのか、


ステージの床を何度も跳ね回っているが


すでに慣れたのか、部屋の中に居る全員は


鮎人の言葉をただ、聞いている


「おかしいって何がだ――――?」


「・・・・」


"スッ"


「??」


「―――この手すり....」


バルコニーに立っていた鮎人が、


そのままバルコニーの端を囲んでいる


手すりの側まで近付いて行く


「な、何だ?」


「手すりがどうかしたのか?」


「この手すり――――」


"ガッ!"


「な、何だ―――?」


「つ、掴んだのか!?」


「・・・・!」


鮎人は、自分の背丈を遥かに超える手すりの上部を


見上げると、そのまま手を自分の頭より


上に突き出し手すりの上部のヘリを掴み上げる!


「――――あっ...」


「――――?」


「この部分――――... イ。」


「・・・ああ」


「??」


"ピピッ!"


「・・・糸クズか何かか?」


「・・・見えますか」


"ジッ ジジッ


鮎人が立っている手すりの下の方、


手すり自体の構造を支えている


丸い、直径5cm程の支柱の部分をイが


パソコンによって更に拡大すると、


全員の視界に、何か糸クズの様な物が


その支柱の周りにいくつか


散らばっているのが見える


「そ、それが何なんだ?」


「イ―――...」


"ピッ ピッ"


「―――文字が....」


"カタッ カタタタタタタッ!


「―――??」


"ピッ ピピピッ!"


鮎人の足元の側の


手すりの支柱の周りに散らばっていた


糸クズの脇の空間に突然、何か


大きな別の窓枠の様な物が浮かび上がり、


イが何かのソフトを動かしているのか、


そこに、かなりの速さで


不規則な文字列が並んで行くのが見える―――


「な、こ、これが何なんだ?」


"ピ! ピピピピッ!"


《"麻"...."マニラ麻"....


"直径6mm"》


「な、何なんだ? これは?」


"ピッ! ピピピピピッ!"


「(――――――....)」


鮎人の足元に突然浮かび上がった


巨大な窓枠の中に、高速で羅列した文字群が


並んで行くのを見て、孫は


ゴーグルを付けたまままるで病人の様に


ふらふらとステージ、そして周りに座っている


事務所の人間の間を視線をふらつかせる


"ピッ!"


「・・・出たみたいだな」


「???」


《マニラ麻"、"直径6mm》


「な、何だ、ま、"マニラ"....?」


《"ロープ"》


「・・・・っ!」


「ロ、ロープ?」


《"マニラ麻"、"ロープ"》


「そう―――――」


"スッ"


鮎人が足元に浮かんだ窓枠の中に表示された


"ロープ"の文字が表示された場所に


透ける様に手を通過させる


「そう、今イがこのゴミの様な糸を


画像解析して、その素材を調べた所によると


 どうやら、この手すり....支柱の部分には


"ロープ"の様な物が


 掛けられていたみたいだ――――」


「じゃ、じゃあ――――」


何かを理解した様な村上の表情を見て、


鮎人は自分の仮定が推測から確信へと


変わった事を悟る


「ああ....


 つまり、伊坂さんの部屋は密室でも何でもなく、


この、支柱に掛けられた"ロープ"によって


誰もが出入りが出来る場所だった....」


「・・・・!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る