第十話 「手掛かり」

「もういい――――」


「え?」


"カタ"


「もう、十分だ―――」


「・・・・」


"カチャ"


「鮎人さん....」


「・・・・」


鮎人は、殺害現場である屋上のロッカールームの


逆再生したVR映像を一頻(しき)り見終えると、


自分の頭に掛けていたゴーグルを外す


「やっぱり―――」


「・・・・・」


"カタ"


鮎人が掛けていたゴーグルを外すと、


今、自分の前に浮かび上がっていた


"もう一人"の自分が、忽然と目の前から姿を消す


「・・・自分まで"再生"できるってのも


 驚きはするが、あまりいい気はしないな...」


「けっこう苦労したんだがな」


「(・・・・)」


今回、このオーシャニア・クルーズで


VR映像の総合ディレクターを務めている


今、目の前のテーブルに座っているイ。


「・・・ずい分、正確に映像を出せるんだな」


「何、面倒な基礎さえ覚えて


 時間を掛ければ、そこまで難しくない。


 それは分かってるだろ?」


「まあ、そうかも知れないが・・・・」


イと同じ現場に出入りする機会が多い鮎人は、


このイから、VR映像の編集に関しての


話を聞き、自分でもイの作業の合間に


パソコンを借りて編集作業を


手伝ってみたりはしたが、


今映像を編集しているイの様にはうまく


映像を出す事が出来ない


「事務所の仕事や、アイドルのマネージメントは


 お前の方が上手いかも知れないが、


 こっち(VR)だったらお前より、


 俺の方が上手く出来る」


「それより――――」


「・・・あ、ああ。」


何故か話が別の方に向いたのを見て、


鮎人はテーブルに座っているイの肩越しに、


先程まで自分が見ていた"ロッカールーム"の


映像が映し出されたパソコンを覗き見る――――


「殺害現場が、"女性"専用の


 ロッカールームか....」


「・・・・」


鮎人が何を言いたいのか分かっているのか


何か言う訳でも無く、イは


無言でパソコン越しに鮎人を見ている


「それに、今再現した、


 VR映像による小田切さんの


 倒れ方―――....」


「完全に正確だとは言い切れないがな」


「・・・その二つから考えれば


やっぱり、犯人は、"女"――――」


「お、女の人!?」


「そうなるな――――」


すでに、第一の殺害現場の検証、


そして、実際には最初に殺されていたが


発見されたのは三番目になる小田切の


遺体の周りの状況を見て


ある程度、女性が犯人だと言う事は鮎人、


そしてイにも分かってはいたが


鮎人の一言に澪は驚いた表情を浮かべる


「・・・それに、ほら――――」


「・・・・?」


鮎人が、イのパソコンに映し出された


殺害現場であるロッカールームの


左下の隅の方を指す


「?? ・・・何かあるの?」


「イ、左下のロッカーの前、


 かなり拡大してみてくれ」


「・・・・」


"ピッ ピッ"


「これは―――?」


「何か、細長い――――」


「"髪の毛"か?」


「・・・・」


"ピッ ピッ"


イが映像の左下の隅の部分を


かなりの倍率で拡大すると、その拡大された


無機質なコーティングが施された


コンクリートの床の上に、細く、長い、


"髪の毛"の様な物が落ちているのが見える―――


「・・・さっき、VR空間の中で


 見つけたんだが....」


「ずい分、変わった色をしてるな・・・」


「"茶色"ですね....」


「そうだ」


澪が拡大された、長細い髪の毛に目を向けると、


その髪の毛は、ロッカールームの照明に照らされ


鈍く茶色に輝いている――――


「これ、犯人が落とした物って事―――?」


「・・・・多分、そうだろう」


殺害の現場、そして状況から鮎人は


このロッカーの前に落ちていた


茶色い髪の毛が、小田切を殺した


"犯人"の物では無いかと推測する...


「でも、少し、それは少し短絡的じゃないか?」


「・・・・」


イが、自分の後ろに立っている鮎人に


座ったまま振り返る


「別に、この浴室に入った


 別の女の物の可能性だってあるし...


それに――――」


「・・・何だ?」


「いや・・・・」


イが、鮎人から澪に視線を向ける


「今回この船に乗ってるのは、


 RS事務所の関係者しかいない」


「・・・まさか、私を疑ってるんですか」


「いや、まさか」


「ならいいですけど」


「・・・・・」


何か膨(ふく)れ顔を浮かべている澪の言葉を聞いて


イは再び鮎人の方に振り返る


「今回この船に乗ってる女の中には、


 "茶色い髪"の女なんて一人もいないだろ?


・・・だったら、これはこの船の乗客が


 前に落とした物じゃないんじゃないか?」


「・・・今回の撮影は、コスプレ水着撮影会....」


「??」


「?」


あまり事件とは関わりが無さそうな言葉を


口にし出した鮎人に、横にいた二人の表情が固くなる


「・・・いや、別にコスプレがどうのこうのって


 話じゃないけど....


 コスプレの撮影には、


 "カツラ"を付けるだろう?」


「じゃあ、この床に落ちてる髪の毛は、


 "カツラ"の毛の一部か何かって事なのか?」


「・・・・・」


"スッ"


「あ、おい」


「鮎人さん?」


「("茶色"――――)」


「お、おい どこに行くんだ?」


「ま、待って」


「(・・・茶色い髪――――....)」


「鮎人さん? どうしたの!?」


「――――オイ」


「(・・・あの髪の色―――...)」


イはこの船内に、茶色い髪をした女は


一人もいないと言っているが


鮎人が以前見た光景が真実であるとすれば、


この船には、一人だけ


"茶色い髪"の人物がいる―――


「(有り得るのか―――...)」


「あ、鮎人さん」


"コッ コッ コッ コッ――――"


「・・・・」

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