夏つばき

「ふわふわり

揺れる父の背 夏つばき」


稚拙な自作ではございますが

夕食のメニューに添える一句です

考えている時すら泣けてしまいます

夕食直前に心を込めて認めております


本日のお客様は、お二人の娘さんがコーディネートされたお父様の退職祝いと支えられたお母様、お二人の慰労と感謝のプレゼントのご宿泊です


庭の※夏椿の花も、たくさんの蕾を付け散っては咲き、落ちては開き、それはそれは

可憐で涼やかな一重の花です


※別名「沙羅の木」

ある僧侶が

インドの菩提樹である沙羅双樹が日本にもあるはず、と探し求め、“夏椿“と間違えた為

この別名がついたと言われています


「祇園精舎の鐘の声、諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり、沙羅双樹(サラソウジュ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理(ことわり)をあらわす…」

平家物語


素敵なご夫婦様で、来年は結婚40年(ルビー婚式)になるんですよ、と涼やかな笑顔でお話されました

夕立後の夏椿の様な、しっとりと素敵な奥様でございました


3ヶ月程前より、綿密な打ち合わせがお電話でまたMailで、お嬢様方お二人と続きました


ご宿泊はあくまでも

お父様、お母様のお2人です


お嬢様お二人、お姉様はご主人様が

海外赴任なのでご家族で外国暮し

妹様は、県外に嫁いでおられ中々皆様で

お会い出来ない

という事でやっとこの初夏に

タイミングが合い、ご両親へのサプライズプレゼントが実現されたそうです


一度は泊まりたいお宿、と

常々お母様が言わていたらしく

当宿に決めて頂きました


“ありがとう♡お疲れ様でした”

感謝の会第一弾だそうです


お若い方々のアイデアは

本当に楽しくて、お宿丸ごと巻き込んで我々まで、嬉しい忙しさでございました


来られる時は電車でお越しになり

帰りは次女様がお迎えに来られ、留守中の実家に皆様で用意されている昼食を賑やかにお召し上がりになるご予定です


それが“第二弾”だそうです


実家でのお食事を先にするか

温泉旅館でゆったり寛ぐ時間を

先にするか

相当悩まれた、という事でした


子供の成長は早く

瞬きする間に身長や体重は

うなぎ登り、言葉遣いは

最近の言葉で、少し会わない間にちんぷんかんぷんです


新しい事に、付いて行けず我々(ほぼ女将)だけ立ち止まっている気がします


子供達に家族が出来れば

それぞれの家族の事で精一杯です

また

ご主人様のご実家もある訳ですから

中々毎年家族で集まるというのは

難しくなりますね


お子様の行事や予定

お仕事の都合上


近い、または遠い縁者様の

慶弔事等々、予期せぬ出来事

生きていれば、望むと望まざるとに関わらず限りなく押し寄せて参ります


こうして、ご家族皆様が

お集まりになり、温かく思いやり深いイベントが出来ますのは

本当に幸せな事ですね


お宿に居るからこその役得で

ございます


親がいて

子どもがいて、家族がいて

優しさや胸が熱くなる瞬間に

立ち会える

とても幸せな生業だと思います


お父様お母様が到着された時刻

とても混み合っており

たまたま私がご案内する事となり

お庭の風情、温泉の質や効能

大浴場の場所や館内の説明


ひと通り説明も終わり

多少の坂道もありますので

息も絶え絶えになりながら

お部屋へとお連れ致しました


雨風を避ける為の簡易な

渡り廊下はございますが

一棟一棟の離れ形式のお部屋です


宿泊棟で、お履き物は歩きやすい麻ゴザ草履に替えて頂き、女将も

この時は作務衣ですので、楽チンです


この楽チンがいけなかった…

すっかり仕事を忘れ

年齢も近く、親しくお話しさせて頂き

すっかりお部屋の仕掛けを忘れておりました…


玄関を開けますと

可愛いお孫ちゃん達の

「ジィジ、ばぁばおつゅかれさまでした〜きゃっきゃっ」


と、光センサーに反応し

予め録音されていたお孫様達の

声がして来ます

慣れ親しんだ家に帰って来た感じがしますね


正面にある花台にと置いた文台の上に

センサーを仕込んだ花籠のアレンジ


お父様がお好きだという

コスモスの花のアレンジです

なにせ初夏ですので、コスモスは中々手に入らず苦労致しました


奥の部屋へと進み

和テーブルの上にはお父様お母様の出会いから、結婚式・お子様出産・子供時代・学生時代と

ご夫婦様には忘れ難い、幸せな思い出の瞬間が詰まったアルバムが

置かれており、テレビからは可愛いお孫さん達の遊ぶ姿が、ビデオで流れております(間違えず女将がお部屋に入った瞬間にスイッチオン致しました)


二間続きのお部屋で奥の部屋からは内湯その先は露天風呂へと続きます


そこで、お父様が露天風呂の方に

目をやりながら、肩を震わせて

いらっしゃるのが…私の目に入り

もう…

我慢できません

殿方の背中で涙される姿は

違反です…


もう、はっきり言って

説明どころではございません


お母様は、お部屋に入られた時点でハンカチを目に抑えておられ

私、泣きながらお部屋の説明をさせて頂き、頑張っていたのに…


説明が伝わっているのやら…

ただ一人で頷きながらお二人のお幸せな背中を見つめ、優しくお嬢様方を育てられたんだろうと考えておりました


そこにお父様の背中です


まだまだ、お孫様達が描かれた

お爺様・お祖母様の似顔絵や

それぞれの家族の幸せそうなアルバ厶

確かに帰省する際

家族のアルバムは持って帰りはしませんね…


多少の写真は送ったとしても、

一冊に集められたアルバムは

貴重です

最近はスマホやiPadでアルバムが同期できるアプリ等があるらしいのですが、なかなか便利な世の中になりましたね


と、まだまだ説明しなければいけない事、沢山ございますが…

三人ともお話しできる状況にありません


まぁ…私

感動で咽び泣きました


殿方の涙を堪え、背中を震わせられる後ろ姿…


コレは…堪えます


ご夫婦お二人から始まり

家族が増え

幸せが形を変え

色を変え、香りを変えて

あっという間に子供達は成長し

巣立って行く


守るモノが増えると共に

自分を振り返る時間が減り


何を求めていたのか

何を願っていたのか

忘れてしまう


父とは

母とは


一人の人間だったし

男性だったし

女性だったはずなのに


呼び名は父となり

母と、

責任のあるモノに変わり


そしてやがてジィジとなり

ばぁばと、

温かなモノへと変わる


なんだか、お二人の人生が

散りばめられた穏やかで

温かな滞在になって頂けたらと

願うばかりです


素敵で心温まる

お2人だけなのにたくさんでご宿泊された様な心地よい疲れと

腫れぼったい瞼の女将でした


スタッフの皆さんも

よくやってくれました


今回もヒューマンドラマの

クライマックスシーンを

熱く見せて頂きました


感動の涙って、止まりませんね

後から後から、込み上げて

泣けてしまいます



ふわふわり

揺れる父の背

夏つばき

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☆山奥の隠れ家的温泉旅館の、ほのぼの女将です 月野あかり @okami-san

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