親子3名様…一話完結

本日のお客様は…


親子3名様で

お泊まりのお客様でした。


ちょうど染井吉野も満開に

なる頃、大雨に見舞われ

可憐な桜の花びらが

無惨にも叩き落とされ、

なんとなく、悲しくなってしまう

そんな、一日でした。


お嬢様とご両親様


お客様が交通機関でお越しになる際は

駅まで、宿から迎えの車を出していますが

この時はタクシーで来られるという事でした。


お出迎えの時刻

門まで出ておりました。


タクシーが雨の中到着しました。

ご両親様の

手荷物も少なくトランクの中の

ボストンバッグはタクシードライバーが

フロントまで、運んで下さり

お嬢様は、何やらギターケース

をお持ちになられている様子です。


我々宿のスタッフ、私も入れ3人で大きな

蛇の目の傘を差し、車に駆け寄ります。


私は、後部座席右側のお嬢様の所へ

スタッフは、助手席のお父様と

後部左のお母様の所へ。


お嬢様の方に「お荷物、私がお預かり致しましょう」と申しましたが頑なに「いえ、コレは結構です」とお断りになられ、ご自分で大事そうにギターケースを抱えていらっしゃいます。


私は、傘を差しかけフロントへと

ご案内しながら、お若いこの女性の、深い悲しみと確固とした強い意志を感じました…


ひと通り宿内のご説明と夕食のお時間等お伺いし、スタッフがお部屋へとご案内する中、私は事務所で過去の宿帳をめくり、確認作業を行い、その足で厨房へと向かい、今夜の夕食の打ち合わせをし、女将棟にて夕食のメニューを筆で書きます。


墨をすりながら、考えていた俳句は別の句に替え、龍脳の清々しい香りに、目を閉じ考えをまとめます。


親子3名様のご夕食は、18:30食事棟にて。


3名様のご様子はスタッフより聞き及んでいましたので、

「やはり…」という思いでした。


お食事が始まり、お母様から

「予約はしておりませんでしたが、簡単な物で結構ですのでもう一人分、膳を用意して頂けませんか…?突然に申し訳ございません」


「畏まりました」

と、スタッフには

何も申さずお答えする様に

伝えてありました。


静かに陰膳を準備致しました。


あまりの対応の速さと、完璧な陰膳に感動され、私はスタッフからその様子を聞くだけで、膝から崩れ落ちそうでした。


宗教によっては、※陰膳はされないところもございます。

行き過ぎや押し付けのおもてなしは、かえって悲しい思いを増幅させてしまいます。


陰膳注文のご相談をされたら

静かに、畏まりましたと、

お応えするだけで、他には何も

お声はかけない様にと、

申しおきました。


※陰膳というと、宗教色が強いと、感じられる方も多くいらっしゃると思いますが、宗教色というより、慣習に近いものだと認識しています。遠く離れたご家族のためや既に他界された方のために、今いらっしゃる場所での無事を願ってお供えします。
「陰膳」とは亡くなられた方のためだけの膳ではなく、生きている方の無事も願って準備する食膳です。


華美に、

たくさんの食事を用意するのではなく、

皆様で後に頂くものでもございます。

食材が重ならない様、予め厨房には伝え置きましたので、他界されましたご主人様も含め計4名様での、静かで優しい時間の流れるお食事になります様にと、願いを込めました。


ご到着の時に持参されていたケースの中には、ご主人様が愛用されていたギターが入っていたそうです。


朝、ご出立時

お礼のお言葉を頂戴致しました。


女将が、前以て準備をする様に…

ご注文がない時は、その様に。


ご注文があれば、静かに準備した膳をお出しする様に、

指示を出されていた事、伺いました…


と、

そこまで、言っちゃったの…


まぁ、なんとお口の軽いこと…


少し、笑顔も見せて頂き

私もホッと安堵致しました。


お嬢様は、

二年前の結婚式当日、

以前より宿泊を希望されていた

この宿に一泊され、翌日宿から空港まで

お送りし、ヨーロッパへ新婚旅行に

出かけられたお2人だったのです。


当然覚えておりました。

確認の為に、宿帳をめくり

この度、

こうしてご両親様と

お出かけ頂いたのには、

何か深い訳があるのだろうと

思ってはいましたが、


不慮の事故でご主人様は、

三ヶ月前に…

愛する新妻を置いて旅立たれてしまった、と。


毎年の結婚記念日には、

この宿に来ようと約束して

いたのに…


子どもが産まれても

子どもが増えても

大きくなって、

構ってくれなくなっても


そして、年老いて

二人になっても

来ようねって…


美味しいご飯と、結婚式だったと

言っただけで、ぽろぽろと涙を流し、

我々にも幸せのお裾分けを頂きました、と

お礼を言って下さった女将が、とてもあったかくて、また、会いたくて


こうして

両親を連れて来る事になりました。


今日は両親に、

心配ばかりかけているので

ゆっくりしてもらいたかった事と

待ち望んでいた赤ちゃんが出来た

報告と、パパは、天国行ってしまいましたが…

私ひとりでこの子を産んで、育てますという決心を伝えたくて…


ここに伺いました。


と、悲しいやら

嬉しいやら…複雑な気持ちで…


もうぼろぼろ、です。

辛うじて、立っているのが

精一杯でした。


“”人が亡くなった時、その人と過ごした時間は、亡くなった人が持っていってしまう“”


私、そう思います。

残るのは、長い時間一緒にいたはずなのに

最初からひとりぼっちだったのかな、という夢か幻の様な感覚と、深い

深い…胸が締め付けられる痛みの悲しみ

です。


愛する人をなくした傷は、

決して癒えません…

時も解決にはなりません。


乗り越える事も、忘れる事も

出来ません。


ただ、悲しみを胸の奥に

しまい、生きて生きて、



ただ、

ただ…

残された愛しい人達と

慈しみ深い時間(とき)を


大切に

大切に過ごして行ければ、

幸せなのかも…


と思います。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る