異例です❶

あれは、

少し肌寒くなりつつある

10月も中旬、紅葉には少し早く

昼間とは言え、羽織るものが一枚欲しいかな

と、感じる午後でございました


日帰り温泉と昼食ご希望の

ご夫婦様、ご予約なしのお客様です


何やら、温泉棟の入口で

ご案内もせず、立ち話の様です


歩み寄りながら

「何か、

不都合でもございましたか?」


「こちらのお客様が、どうしても女将にお話したいと…言われるものですから…」


「はい、伺いますよ」


で、

お客様に向き直り


「立ち話も、なんですので

庭園の中ほどに腰掛待合が、ございます

そちらでお話致しませんか?」


男性の方が、

少しお顔の色がお悪いのかな…

と、何かと労わられる女性のご心労が

私の胸にまで届きます


仲睦まじいお二人、恋人同士にしてもご夫婦にしても、羨ましいやら微笑ましいやら…


こちらまで

ほんのり幸せになります


お足元に注意を促しながら

庭の木々のお話しや今咲いている珍しい花々の質問にお答えしながら


花屋の店頭にはあまり並ばない

茶花や木々の説明をし、物静かでとても品のある女性の美しさに瞬きしながら

ゆっくり歩を進め、腰掛待合へと向かいました


女性に限らず

人は見目もそうですが

話し方や所作に、お人柄が顕著に

顕れ美しさを引き立てます


私、声フェチでございます

まぁ、

そのお二人の声の素晴らしい事


ずっと聞いていたい、お声です

男性はあまり、お話しにはなりませんでしたが、時々発せられる

お声は深く、くぐもる様な渋いお声です


腰掛待合の※円座を三つ並べ、着座をお進めします


※円座は、茶室の路地にある腰掛待合等で使う、円形に編んだ座具(座布団)です。材質は主に藁(わら)・菅(すげ)・菰(まこも)、竹の皮が、ございます。


我々の歩に合わせ

既に、

茶と茶菓子の準備がしてあります

ほんとにうちのスタッフは、素晴らしい


皆まで言わずとも、阿吽の呼吸です


着座されるなり、静かに話し始められたのは、男性の方でした


「私は若気の至りから

全身に刺青を入れております」


なるほどね

そうかな?と、思いましたので

人目につかない様

温泉棟のフロントではなく

庭園内の待合にご案内しました


と、心で呟きます


「当然ながら、どこの温泉宿も

施設も受け入れては貰えません」


静かに、私は頷き口を挟まず

小首を傾げ先を促します


「私は余命三ヶ月と、告知された病人です」


それも察しはついていました…

と、頷きながら心で思う


「コイツはそんな私に何も言わず長年連れ添って来てくれました」


ふむふむ…ご夫婦ね…


「最後に何かお礼がしたいと

思い出に残る温泉旅行にでも連れて行きたい、と。」


なるほどなるほど…


「旅行に出て、日帰りの温泉でもないかと、車を走らせました

食事も何も無い完全個室の家族風呂は沢山ありましたが…」


そうね…


「そんな時に、この宿の情報を

こいつがスマホとやらで、調べ

ましてね…」


そうでしょそうでしょ…


「名物女将に、相談だけでもしてみるかな、と思った次第です」


と、その時奥様の方が


「もう、大丈夫です。こうして久し振りに二人きりで出かけられただけでも…」


うんうん…

あ、いけない

目の奥の方が…ぐるぐるして来た


「女将さんにも、お忙しいところご迷惑おかけしました」


と、頭を下げられ


私もやっと

一言、口を挟ませて頂きました


「ささ、先ずはお茶でも一服どうぞ」


喫茶去ですね〜


ちょっと、お待ち下さいね

と、お声を掛け


施設長を呼ぶ為に携帯を手に

立ち上がった…

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