不審者[完]

皆様、蛍狩りに出掛けられ

一時間程で宿に、お戻りになり

お食事棟に併設しております

小さなバーラウンジで、

それぞれ軽くワイン等

お召し上がりの様でした。


22:00閉店で

さほど高価なワインや洋酒類は

置いておりませんが

まぁ、ひと通り

準備はしております。


勿論、無料でございます。

無口なバーテンダーがひとりで

やっています。


宿から徒歩で2分の所に女将棟が

ございます。

普段は部屋に戻り、お礼状を書いたり

自分の事をしたりと、過ごしておりますが…

この夜は、

何となく胸につかえるものがあり


お部屋には帰らず、宿内のスタッフの

休憩室に控えておりました。


何となく、違和感があると

申しますか、何かが引っかかる

感じがしたんですよね…


その時はまだ何なのか、

はっきりとは分かりません

でしたが…


ただ、一部屋

気になる宿泊のお客様がいるのは

確かです。


蒸し暑さもあり

休憩室で寝苦しい時間を

モヤモヤと過ごしておりました。


あまりの寝苦しさでしたので

少し早過ぎましたが、薄暗い中

庭掃除を始めておりました。


その薄暗い、庭を一人の女性が、

スタスタと、

おぼつかない足取りで、

門に向かって歩いて行かれます。


私には気付かれていない様子

でしたので私の方から、

「おはようございます、お早いですね!

お出かけですか?」

と、お声をお掛けしました。


驚かれない様に、竹箒のシャッシャッと

いう音を静かに規則正しく

立てておりましたが、


相当、驚かれた様で

ちょっと気の毒でしたが


少し、怒った様に

「車まで、

忘れ物を取りに行ってます」

と、仰られます。


「まだ、薄暗いですので

お足元、

お気を付けられて下さいね」


と、申しましたが、

お返事もなく、駐車場迄

忘れ物を取りに行かれた


にしては、戻って来られませんでした。



実は、

お客様が、蛍狩りから戻られ

再び、

宿泊棟のお履物を並べて

おります時に、見かけない

ピンヒールの靴が一足、

ございました。


全てのお客様の、

ご来館時のお履き物は、

靴磨きさせていただきました。


という事は、

宿側が知らない新たなお客様

が、来られた…か、

お泊まりのお客様が、

もう一足夜に出され、

外出された?

確かに、門はございますが

四方を塀で囲っている訳ではなく

人も動物も…

何でも入り放題な事は否めません。


いずれにしても、

そのお履き物は、

私、女将が預かっています。


何やら

面白い事になって参りましたね


全てのお客様の朝食が終わり

チェックアウトのお客様が

一組一組、庭を散歩しながら

フロントに来られています。


皆様にご挨拶をしながら、

その後のご予定や、旅のおすすめを

お話しておりますと、


スタッフが困った顔をして、

私を呼びに参りました。


私は、

予想が着いておりましたので

お話しの区切りをつけ

宿泊棟へ向かいました。


聞こえて来ますのは、

「責任者を呼べ〜、ココには泥棒がいるのか〜」

と、怒号が聞こえます。


スタッフは、泣きそうになっており

私の顔を見るなり、泣き出してしまいました。


そのお客様に

「何か、失礼がございましたでしょうか」

と、尋ねます。


すると、案の定

「靴がなくなっているじゃないか!

ここは、客の靴が無くなるのか?」

と、すごい剣幕です。


スタッフに

目配せで、お預かりしている

靴を持って来させ、

「この靴でございますか?」

と両手で差し出し、尋ねますと


その男性は、女性の方に

顔で質問しています。

女性は首を振り、私のではないと

言われています。


また、男性は怒り狂い

すごい形相で、私を睨みつけます。


女性の前で肩を反らせ、

私に怒鳴り散らしておられます、

その男性は、


たじろぎもせず

瞬きもしない私の顔を見て

一瞬、目を逸らしました。


そこで

私、立て続けに

「本日早朝

お客様のお部屋から

女性がおひとり出かけられました」


「その時に靴がない事に

気付かれ、お部屋の名前の

書いてある靴箱から一組の靴を出され、

そのまま出られました。」


「とても歩きにくそうに

おぼつかない足取りで

(車に忘れ物を取りに行く)と言われたまま、

戻っては来られませんでしたね。」


「あの女性の方は、お泊まりで

ございましたでしょうか?」


と、一気に丁寧且つ

優しく伺いますと

その男性は、見る見るうちに

顔を紅潮され、今にも頭から

湯気が出そうでした。


「マッサージに来てもらったんだよ、悪いのか?」


「いえいえ、悪いなんて滅相もございません。左様でございましたか?マッサージの方だったんですね」


「失礼ですが、何時頃にお呼びになられたんですか?何も存じ上げなくて申し訳ございません」


「昨日の夜だよ」


「そんなに長い時間、マッサージして下さるんですね…今朝それも薄暗い時間に帰られるなんて…

お預かりしていたお履物もこんなに高いヒールで、お疲れになられたでしょう」


当然ながら、宿にマッサージの方の

準備もございますし、お客様単独で

お呼びになる事など、一切ございません。


そして


私、どこまでも冷静に

「来月もご予約頂いておりますが、本日を持ちまして入館・ご宿泊をお断りさせて頂きます。

理由はお分かりですね」


おほほ

怖いでしょうね

女将、

結構涼しい顔してますから。


「ご予約時とは異なり、

お知らせもなく、追加のお客様ご宿泊、

静かで癒しのお宿でそれも

他にお客様がいらっしゃる中、

大声でのスタッフへの叱責、

ご無体にも程があります」


と、

静かに丁重に申し上げました。

私、怒りますと

とてもとても静かで丁寧な

言葉遣いになります。


その方はタジタジでしたね。


来月の予約キャンセルは痛い

もう一人分の料金払うから

許して下さい。すみません、

失礼をお詫びします…


と、おーほっほっほ


はい、

女将の目は誤魔化せません。

お金を払って欲しい…とか、

そういう事ではなく、

お客様皆様の人生の中で

大切な1ページとなる、このお宿で

空気が乱れる事、

またそういうお客様を

許してしまっている私、責任者の

恥になってしまいます。


皆様が安心して、ご宿泊して頂ける様

細心の注意を払い、毎日に臨みます。




その後、

その方は土下座でもしそうな位、

平謝りに謝られ、今では大人しく

定期的にご宿泊されています。


謝って、間違いを正される方を

更に追い詰める事は致しません。


いつもは、泣き虫で、

おっちょこちょいで

どこか抜けてて、怒ることは

殆どない、女将なんですけどね…


あっ


そうだ


追い詰めた事あった…

それもよその国で


お陰で、怖い目にもあったわ〜


それは、また別の機会に…。



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